うさぎ幻化行  北森鴻

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突然世を去った最上圭一は、優秀な音響技術者でした。彼は「うさぎ」宛てに遺書と、日本の音風景100選を録音したメッセージを遺していました。彼に「うさぎ」と呼ばれかわいがられた義妹のリツ子は、メッセージに込められた思いを知るために、音を訪ねる旅に出ます。

圭一が遺した音風景を巡る旅は、日頃そういう風に景色を見たことのない私にとって新鮮に感じられました。中部地方の水琴窟、岩手県の風鈴の音色、富山県の風の盆など、行ったことのない地方でもあり、実際にその音風景を見て感じたいと思いました。
その一つに出てくる山口市は、北森さんが住んでおられた所であり、私が数年間を過ごした場所でもあります。これに出てくるSLやまぐち号にも乗ったことがあります。島根県津和野市に遊びに行った時に偶然このSLが通り、その汽笛の音に驚いたことも。懐かしいです。
また、山口県を代表する詩人中原中也は、私の好きな詩人でもあります。出てきた中也の詩「帰郷」は、湯田温泉高田公園内にある詩碑のもの(原詩からの抜粋)です。近くにある「中原中也記念館」は中也の生家跡に建てられています。
山口市に関わる記述を読みながら、北森さんとどこかですれ違っていたかも知れないとふと思いました。

連作短編集なので、リツ子や、彼女に関わる人物達は旅先または列車内でちょっとした事件や出来事に出会い、それを推理する内容になっています。それがやはり音をトリックに使ったものが多く、可聴領域や、携帯が拾う音の範囲など面白いと思いました。でも、それがトリックとして成功するかは別ですが…。
音風景と、全編に流れる旅情を楽しんでいたのですが、物語はだんだんと不穏な雰囲気に。
このあとネタバレですので、未読の方はご注意下さい。









まず、圭一という人がよく分かりません。恋人と義妹の2人を同じニックネームで呼ぶとは普通あり得ないことです。どちらの女性も、本当は圭一が自分ではない「うさぎ」を愛していたのではないかと思っているということは、どちらにも中途半端な態度を取っていたということでしょうか。
また、2人を音に仕掛けたメッセージによって北海道に来るように仕向けたという意図です。圭一は自分を死に追いやった恋人に復讐しようとしたのでしょうか。かつて不誠実な同僚を音によって追い詰めた過去があるほどです。心の中に暗いものを抱えているのかも…。メッセージに導かれるようにして次々に犯罪に手を染めるリツ子が哀れです。
飛行機事故の現場のさなかに、遺体を置きに行くというのもかなり無理でしょうね…。登山に慣れていない人がそんな大荷物を抱えて山は登れないでしょうし、いくら反対側から登ったとしても誰かに見とがめられたに違いありません。小事件のトリックも含め、ちょっと強引なところが多かったですね。
でも、2人の「うさぎ」を表した装画の古風な色と風合いが素敵で、この作品にぴったりだと感じました。












亡くなられた北森さんのことを考えると「生きているのは死ぬまでの暇つぶし」という言葉を始め、生死について語る文章が、なおさら目についてしまいました。
今度は私が、北森さんの足跡をたどる読書の旅に出る番ですね。まだ3作めなので、まだまだたくさんの作品が待っています。



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腑に落ちない部分はたくさん残されたままですよね。すべて北森さんが天国まで持って行ってしまいました。不思議と賞関係とは縁遠い方でしたが、生きているうちに、もっともっと評価されて良い作家だったと思います。本当にまだまだたくさん良い作品がありますので、是非読んでみて下さい。 削除

2010/5/18(火) 午前 7:18 べる 返信する
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『音』を追っての旅、トリックをいう視点がとても新鮮で、全体的な作品の寂寥感と相まって、不思議に魅力的な雰囲気がよかったです。ただ、おっしゃるとおり、圭一の行動は一貫性がないというか納得いかない部分が多くて、しっくりきませんでしたね。こちらからもTBさせてくださいね♪ 削除

2010/5/19(水) 午後 1:40 TEA♪ 返信する
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>べるさん
たたみかけるような展開には、納得はできないものの驚きました。べるさんが言われるように、次の章があったのかも知れませんね。
「香菜里屋シリーズ」もまだ残ってますが、面白そうな作品をいろいろ入手してるので、だんだんと読んでいこうと思っています。 削除

2010/5/20(木) 午後 6:36 ねこりん 返信する
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>TEA♪さん
音にこだわった展開とトリックはユニークでしたね。最後までそれまでの雰囲気を保ちつつ終わると良かったのですが…。
作品中でもニックネームについての不信感は書かれているのに、それ以上の言及がなかったのが残念です。 削除

2010/5/20(木) 午後 6:43 ねこりん 返信する