アルバトロスは羽ばたかない  七河迦南

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児童養護施設七海学園に勤める保育士の北沢春菜は、多忙な日々の中、学園周辺で起きた事件を解決しています。学園の子供が通う高校で起きた転落事件を冬の章、それ以前の出来事を春、夏、初秋、晩秋の4つの章で描いています。
前作の「七つの海を照らす星」は未読ですが、こちらも七海学園を舞台にしています。

児童養護施設ということで、家庭的に不遇な子供達の重くつらい現実が描かれているだろうと覚悟して読み始めました。実際その通りだったのですが、ミステリとしての完成度を見ると、読んで良かったと思いました。

それにしてもこの衝撃…!今まで踏みしめてきた足元が崩れ、何もないところに急に放り出されたような不安感。一瞬何が何だか分からず、呆然としてしまいました。
そしてその衝撃から立ち直って先を読み進めると、明らかになって納得したこととともに、やり切れないような真実が待ちかまえています。
読み終わった後いくつかの箇所を読み直してみると、実に巧みな叙述がされているのが分かり、唸らされました。なぜ信頼していたはずの人を急に疑うのかなど、変だと思ったところもあったのですが、こういう真相が隠されていたとは…。

大仕掛けである叙述トリックに加え、道尾さんを彷彿とさせるような言葉に拘ったトリックがいくつか見られます。こちらもいい味を出しています。
過去の出来事である4つの章でもそれぞれ小さな事件が解決しますが、特に春の章の少年、界を巡る出来事には温かい思いでいっぱいになりました。

春菜が子供達のことを心から思い、真摯に向き合っていく様子に胸を打たれました。ちょっと茶目っ気があり、学生時代の同級生である高村君に心ときめかせる様子はごく普通の女性ですが、子供と接する時の彼女は、どうしてこんなにも強く、また優しいのだろうと思いました。子供達が七海学園に居場所を見つけることができたのも、彼女の存在が大きかったのではないかと思います。それだけにこの結末は…。
暗い冬の章を乗り越え、生命の芽吹く春を迎えることができるのか…登場人物とともに祈らずにはいられません。

茶店ヴァーミリオン・サンズ」はもちろんJ・G・バラードのあの短編集からでしょう。退廃的な美と芸術のリゾート地であるヴァーミリオン・サンズを舞台にした連作短編集です。絶版なので私もいまだに読んだことがありません。謎を秘めた特別席が用意された喫茶店は、このリゾート地と通じるものがあるように思います。他にもティプトリーの作品が挙げられているので、作者はSFファンなのでしょう。

前作は鮎川哲也賞を取った作品だそうです。本作のように重い内容なのか気になりますが、評判が良いようなのでいつか読んでみたいと思います。