ハーモニー  伊藤計劃

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本作を発表後、34才の若さで亡くなった伊藤計劃さんが、わずかに残した長編三作のうちの一つです。死後、この作品は日本SF大賞星雲賞長編部門賞、フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞しています。
伊藤計劃以前、以後という言い方さえある作家さんの作品を、やはり読んでおかなくては…と思っていましたが、やっと読むことができました。
しかし、ひさびさに読む日本SFに思いの外苦戦しました。私のSFルーツは海外作品ということもあり、あまりにも独自の世界観を構築するこの作品になかなか入っていくことができませんでした。でも、それも半分まで。後半にある事件が起きてからは一気に読む速度が上がりました。

「大災禍(ザ・メイルストロム)」と呼ばれる世界的な混乱後、放射能で突然変異したウィルスに汚染され、人類はその駆逐と、健康を守るためのシステムの開発をめざします。その結果、医療至上主義の社会が生まれ、人々は体内に「Watch Me」と呼ばれる医療システムをインストールして、病気はほとんど消滅します。そして、人を精神的に傷つけることも排除されて、限りなく慈愛に満ちた、調和(ハーモニー)を目指す世界が築かれます。
そんな世界を嫌悪する3人の少女は、薬を使って餓死することを選びます。三人の中でカリスマ的存在だったミァハは死に、生き残ったトァンはやがてWHOの査察官になって、世界に起こる集団自殺事件の謎に関わっていきます。

始めに気になるのが、1ページめから始まり、最後まで頻繁に挿入される<>タグです。だんだんと慣れて気にならなくなりましたが、最初はこれがとても煩わしく感じました。「Watch Me」が体内を監視するときのコマンドか、または「拡現(オーグ)」という、データを参照するシステムのタグかと思っていましたが、これが実は非常に大きな意味があることが最後に分かります。

そして印象的なのは御冷ミァハというキャラクターです。世界から孤立し、独りで戦いを挑んでいるような、そんな印象の少女です。本や映画などの古いメディアから情報を得て、それをトァンやキアンに話して聞かせます。自分たちの知らない知識を持ち、思いもつかない思想を語る彼女に、二人は魅了されます。でも私にはミァハはとても痛々しく見えました。強い意志をもつようで、どこか虚ろな空洞のある彼女の姿。ミァハのそんな痛みや空洞は、さらなる調和を目指す科学者たちの思惑へと結びついていきます。大災禍の最中大人達に利用された彼女は、この医療社会でも利用されるのです。彼女の人間性の蹂躙、それが今の彼女を作り上げてしまったのですね。

個人の意志や個性が尊重されなくなり、全体の中の一部であることを強要されること、それは、実際の世界でも見られることではないでしょうか。かつては日本もそういう国でした。作者はそれによる悲劇を逆説的に表現しています。完璧に調和のとれた世界、それは美しくなどないことを。ミァハが選ばずにはいられなかった最後の選択は、彼女が本当に望んでいたものではないと、そう思います。

長編「虐殺器官」は、大災禍の戦時中を描いた作品だそうです。軍事物は苦手なのですが、いつか読んでみたいと思います。



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虐殺器官は読んでる途中はそれなりに面白かったけど、個人的にはオチはちょっと期待はずれでした。作者が若くして亡くなった分、評価が高くなってる部分はあるような気がしますが。。 削除

2011/8/31(水) 午前 6:37 あややっくす 返信する
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こんにちは~。
SFって少し苦手なのですがこの設定、放射能により突然変異したウイルスに汚染ってとこがすごく私の好みなような気がしたので読んでみたいです。「虐殺器官」も未読なのでこちらもいつか挑戦してみたいです。 削除

2011/8/31(水) 午後 0:45 mimi 返信する
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虐殺器官」を興味本位で手に取り、ショックを受け続けざまに本書を読んで打ちのめされました。完成度の高い作品とはいえませんが、センスといい世界観といい、やはり後世に残るものだとおもいます。以前に記事を書いたのでTBさせてくださいね。 削除

2011/8/31(水) 午後 5:07 beck 返信する
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あややっくすさん
虐殺器官」という言葉の意味が、「ハーモニー」にも出てきましたね。そこを読んだだけでも、「虐殺~」の重さが伝わってくるようでした。順序から言ったら「虐殺~」からでしょうけど、「ハーモニー」は独立した物語としても優れていたと思います。 削除

2011/8/31(水) 午後 8:36 ねこりん 返信する
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>mimiさん
これは、医療社会が築かれたあとの物語なので、大災禍や、ウィルス汚染については伝聞でしか出てきません。「虐殺器官」はかなりハードな物語のようなので、心してかかろうと思っています。 削除

2011/8/31(水) 午後 8:55 ねこりん 返信する
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>ベックさん
ほんとに、人にないセンスと世界観の作品でしたね。タグの持つ意味には衝撃を受けました。
これほどの才能を持つ作家さんが夭逝されたというのはとても残念です。 削除

2011/8/31(水) 午後 9:09 ねこりん 返信する
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やはりETMLは慣れるまで読みにくかったですね。でもあの形式にはしっかりと意味があったし、効果的だったと思います。著者のバックボーンを知りながら読んでいたのでテーマの重さがいっそう増した気がします。虐殺器官も是非。 削除

2011/10/4(火) 午後 1:12 [ テラ ] 返信する
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>テラさん
ラノベ風の登場人物でも、描かれている世界は甘くなかったですね。著者の境遇がやはり反映されているのでしょう。
虐殺器官」気持ちに余裕がある時しか読めない気がします…。 削除

2011/10/5(水) 午後 8:18 ねこりん 返信する
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お久しぶりです。いろいろ忙しくブログできてませんでしたが、コメントしていただいて感謝です^^
虐殺器官」が噂に違わぬ傑作だったのでハーモニーもいつかは!と思ってます。虐殺~はいろんな作者の想いが詰め込まれててきっちり消化できたかどうか自信がないので、、、本書を読む際には心してかかろうとおもってます^^ 削除

2011/10/22(土) 午後 6:05 チルネコ 返信する
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>チルネコさん
お元気で何よりです^^
私は記事のUPはしてますが、読書以外の記事が増えまくってます^^;でも、読書も続けているので、間は開きますがUPして行こうと思ってます。問題は年末ベスト10ですね^^;
虐殺器官」は「ハーモニー」と違ってすごく硬質なイメージを感じます。読むのは時間と気持ちに余裕がある時になりそうです。 削除

2011/10/23(日) 午前 0:09 ねこりん 返信する