黒猫の遊歩あるいは美学講義  森晶麿

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二十四歳にして教授職についた美学研究者である「黒猫」と、その「お付き」としてゼミの唐草教授から指名された「私」が、ポオをテーマにした事件を解決する連作短編集です。
第一回アガサ・クリスティー賞を取った作品です。

この作品を手に取ったのはまずカバーイラスト。次にタイトルです^^;
赤、白、黒を基調にした、構図の工夫された美しいイラストには心惹かれる人が多いのではないでしょうか。

「美学講義」とあるように、ポオの作品を新しい角度から解釈した内容が斬新です。ポオだけでなく様々な芸術家や作家を取り上げています。多分に哲学的でペダンティックな黒猫の講義は難解な面もありますが、この物語の雰囲気を作り上げている大きな要素なので、読むのもそれほど苦になりません。京極堂の蘊蓄と思ってもらえればいいかも。
ポオの作品には親しんできたので、その部分には特に興味をもって読みました。

クールだけどどこかかわいげのある、ほんとに猫のような黒猫のキャラクターは魅力的です。苺パフェ大好きとか…(笑)犀川や湯川に通じるところのあるキャラですね。

黒猫に毎晩手料理をご馳走になり、時には泊まり込んだりしながら、微妙な距離感を保っている「私」と黒猫の関係がどうなるのかが気になるポイントです。
それにしても、黒猫はともかく、「私」の名前まで明らかになってないなんて…。キャラが立ってるので続編ではぜひ名前を教えてほしいものです。

「月まで」(モルグ街の殺人事件)
「私」が見つけた地図は、実際の場所とはまるで違う場所に建物が描かれていました。
その理由と、地図が意味するものは?
モルグ街と同時に、パリ改造を行ったオスマンの思想が重要な意味合いを持って来ます。オスマンという人は全く知りませんでしたが、ネットで調べてなるほど…。どんなことでもすぐに調べられるネットのありがたさを感じました。

「壁と模倣」(黒猫)
大学の同級生だった関俣君は、ゼミのメンバーが集まっている軽井沢の別荘で自殺します。なぜわざわざ客を招待している晩に自殺を図ったのでしょうか。
「壁」についてここまで語れるか、というくらい踏み込んでます。あり得ないような偶然の累積ですが、それほどの意図なく行動したことが、思わぬ結果を招いてしまうというのは現実でもあることですね。

「水のレトリック」(マリー・ロジェの謎)
香水の調合師である女性が出会った男性は、川沿いに空の香水瓶を残して消えてしまいました。彼の行方と、川にいつまでも残っていた香水の香りの謎は?
雨月物語から近代芸術まで、登場人物の心情を全てそれらに結びつけている構成と作者の博識ぶりには驚かされます。

秘すれば花」(盗まれた手紙)
行方不明になったマラルメの研究家井楠女史の元に届いた「秘すれば花」の一言が書かれた手紙の意味は。そして、井楠女史の行方は…。
う~ん…女史の心情が複雑すぎますね…恋愛についてこんな考え方をする人がいるんでしょうか。

「頭蓋骨のなかで」(黄金虫)
行方をくらました謎の詩人織条と、映画監督柄角の関係は。柄角が話していた「頭蓋骨でも見つけないと」という言葉の意味は?
ポオと同じくらいの重さで取り上げられているのが梶井基次郎の「檸檬」です。この作品には思い入れがあるので面白く読みました。
ですが、事件の謎解きについては単純なことを複雑に語っているという気がしないでもありません^^;

「月と王様」(大鴉)
「大鴉」は詩で、この本の中で唯一読んだことがないポオの作品です。
それで、wikiでだいぶ予習しました^^;
ギリシア音楽研究家の元を訪れた二人は、ドアのノックとともに、不思議な音を聴きます。いったいどこから聞こえてきたのか…。
「大鴉」が、ドアをノックする音から始まるということで、それに絡めての物語です。
不幸な結末に終わる「大鴉」と違い、音の謎も、黒猫と「私」についても温かい雰囲気で終わります。
この本の中で一番好きな作品です。

もう続編が書かれているようです。
作者名は男性ですが、もしかして女性かも…?と思いましたが、男性でした^^;
ブログをしておられたので、コメントしたところ、さっそくお返事を頂きました。
ポオではなく、マラルメの研究をなさっていたそうです。この小説のために初めてポオを分析されたとか…すごいですね^^;