水の柩  道尾秀介

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老舗旅館「河音屋」の息子である中2の逸夫は、日々平穏で自分がごく普通の人間であることを物足りなく思っていました。
一方、同じクラスの敦子はクラスでいじめを受けていて、それから抜け出したいと願っていました。
逸夫は敦子から、以前埋めたタイムカプセルを掘り出して、中の手紙を取り替えたいと頼まれます。
 
タイトルといい、あらすじから感じる雰囲気といい、自分好みの話ではなさそうだなと思って、中古で出るのを待つ予定でした。
でも福岡の新刊書店で、なんとサイン本と出会ってしまいました。道尾さんのサイン本は伊坂さんのサイン本の次にほしいと思っていたので、もう速攻で買いました。
他にも朝井リョウさんと梶尾真治さんのサイン本がありました(買いませんでしたが)一週間後くらいには綾辻さんのサイン会も予定されているようで、あちこちにポスターが貼ってありました。こういう本屋さんが近くにあるのはうらやましいです。
 
敦子がタイムカプセルを掘り返したかった本当の意味、ダムの底に消えた逸夫の祖母の実家に関わる秘密が、物語の大きな2つの謎になっています。
しかしどちらもミステリ的な驚きというよりは、予想される範囲内で話が進むように思います。人間ドラマの比重が高いですね。
 
逸夫は祖母いくの秘密を知ってから、自分がその苦悩にまるで気づかずに暮らしていたことに気づきます。いくがその後人が変わったようになってしまったことに胸を痛める逸夫の心情が伝わってきました。
 
男子らしい鈍さというのか、逸夫は敦子がいまだにいじめられていることにも気づきません。でも、敦子の話を信じて何かしてあげようという気持ちで、タイムカプセルを掘り返すことに協力します。
敦子の、この行動に込められた本当の思いが切なく、逸夫が少しでも早くそれに気づいてほしいと思いました。
 
普通だと思っていた自分の周囲で様々なことが起こり、逸夫が考えた解決方法はとても象徴的です。従業員の笑子が言った「すべて忘れて今日が一日目という気持ちでやり直す」ということを、逸夫なりに一生懸命に考えた結果なんだろうなと思いました。
タイトルが表す意味はもっと暗い内容だと思っていましたが、新生と再生を表す意味だったことが分かって、この物語にふさわしいタイトルだと感じました。
 
ストーリー展開自体は目新しいものではなかったけれど、心情を丁寧に描いているので、登場人物に感情移入しながら読むことができて良かったです。