犯罪  フェルディナント・フォン・シーラッハ

イメージ 1

作者はドイツで高名な現役の弁護士で、実際に弁護した事件を元にしているそうです。
「事実は小説より奇なり」そのままのような奇異な事件が、淡々とした筆致で描かれた短編集です。
昨年のベスト10を賑わわせました。映画化も決まっているそうです。


「フェーナー氏」
横暴な妻とかつてかわした約束を守り続けたフェーナー氏がとった行動とは。
約束に囚われた彼が、限界まで来てぷちんと切れてしまった音が聞こえるようです。

「タナタ氏の茶盌」
ちんぴら三人組が、日本人の家から盗み出した高価な茶盌を巡る顛末。
何も考えていない三人のお気楽さと、関係者が残虐に殺される様子とのギャップが何ともブラックなユーモアを感じさせます。

「チェロ」
父親に押さえつけられて来た姉弟は自立して新たな生活を送ろうとしますが…
どんどん悪い方へ転がってしまう不幸な人生が、確かにラストに出てくる「ギャツビー」を彷彿とさせます。

ハリネズミ
これまでの作品とはうって変わった軽妙な感じのするコン・ゲームを描いています。
どこが事実なのか?と思うと面白いです。

「幸運」
恋人の売春相手の死体を見つけた男が取った行動は?
日本で同じ事件があったら罪に問われそうな気がしますが…

サマータイム
大物実業家の浮気相手が殺され、実業家が疑われます。重要なのはホテルを出た時間でしたが。
これは正統派のミステリ短編と言っていいですね。日本にはない習慣なので、予想するのは難しいですが^^;

「正当防衛」
駅で不良に絡まれ、ナイフで傷つけられた男は思いがけない行動を取ります。
黙秘権を通す男の正体と、バックについている力の大きさが不気味です。

「緑」
羊を殺す男と、行方不明になった女友達に関わりはあるのでしょうか。
数字にこだわる男が、最後に言った数字ではない言葉が印象的です。

「棘」
博物館側のミスで、23年間も同じ彫刻の部屋で勤務することになり、心を病む男の話です。
きっとこうするんじゃないの?と思った通りになりました。

「愛情」
突然愛する彼女を傷つけてしまった男の真意は?
すっかり忘れていた実在の日本人の名前を突然聞かされることになりびっくりしました。

エチオピアの男」
捨て子で不幸な子供時代を送った男は、銀行強盗をしたお金で心機一転を図ります。
そして新しい人生を送るのですが…
この話が最後で良かったと思う、感動的な物語です。この人生が事実だとしたら驚きです。


一文が短く、効果的な語り口だと感じます。淡々とした筆致が、事件をさらに浮き彫りにするようでした。
話の全てが事実ではないと思いますが、事件をドラマティックに感じさせる筆力がある作家さんだと思いました。

ラストの一ページにフランス語で「これはリンゴではない」という一文が宙に浮いたように書かれて終わっています。実は、この短編集の全てにリンゴが顔を出しているのです。
これは画家のルネ・マグリットの作品と同じタイトルです。私は、作品展に行ったことがあります。
だまし絵のようなシュールな作品が多いのですが、「これはリンゴではない」は、リアルに描かれた1個のリンゴの絵とともに書き込まれている言葉です。
「目の前のことをすぐに信じず、疑ってみることも必要」という意味のようです。
出来事を語るだけでなく、こういう含蓄をさりげなく入れているのがしゃれていますね。

次作の「罪悪」も評判がいいので読んでみようと思います。