黒猫の接吻あるいは最終講義  森晶麿

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「黒猫の遊歩あるいは美学講義」の続編です。このシリーズはもう三作目まで出ています。前作は短編集でしたが、今回は長編です。赤を基調とした前作、青を基調とした本作と、装丁も素敵です。

黒猫と、その友人のガラスアーティストである塔馬、そして2人に関わるバレリーナの愛美と幾美を中心とした愛憎劇です。
バレエ「ジゼル」の舞台で主役が亡くなるという事件が起き、その5年後、同じ演目を観に行った黒猫と「私」の前でまたもハプニングが。5年前の犯人は誰なのか、2つの事件にはどんな関係があるのか、そして黒猫と2人のバレリーナの関係は…と謎が山積みです。

そして、「私」がポオの研究者であるために、事件は黒猫から「リジイア」「ベレニス」の解釈を通して語られます。
「リジイア」は「ライジーア」という題で読んだことがあります。理想の女性の死と再生の物語です。「ベレニス」は読んでいません。ネットで調べてみると、非常にフェティッシュな物語で怖かったです。

今回の事件も、ポオの物語と同様、運命の女性を追い求めるがゆえに起きてしまったわけで…。でも、女性本人を愛しているわけではなくて、単に理想を追っているだけなんですよね。女性にしてみれば失礼な話です。
幾美の最後の行動も、自分は幻影でしかなかったという悲しみからではないかと思います。
自分の美学を追求するのも良いけれど、それを現実に投影しすぎるのは問題だなと思いました。まあ、そういうテーマの物語なんですが^^;

黒猫と「私」の進展も気になりましたが、これは付き人卒業と取っていいんでしょうね。タイトルが意味深なだけに、かなり進展があるのかと思っていましたが…黒猫らしいと言えば黒猫らしいです。
今後が気になりますが、美学を読み解くのにでちょっと頭が疲れたので間を空けます(笑)

このシリーズを読むと、ポオをすごく読み返したくなるんですが、私が読んだポオは実家の蔵書で手元にはないことに気づきました。
世界文学全集の一冊でしたが、主要な作品はほとんど載っていたような気がします。
「黒猫の薔薇あるいは時間飛行」を読む前に、「アッシャー家の崩壊」をおさらいしておきたいものです。