時の娘  ジョセフィン・テイ

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私が好きな英国俳優の二人が相次いで演じたリチャード3世。
でも、リチャード3世について知っているのは悪評のある王だということぐらいで、王室についてもほとんど知らなくて…。
それで、怪我で入院中のグラント警部が、肖像画と歴史資料からリチャード3世の素顔を読み解くというこのミステリにチャレンジしてみました。

リチャードの残忍さを表すエピソードとして有名なのは、自分が即位するために亡き兄エドワード4世の息子2人をロンドン塔に幽閉した上、殺したというものです。
表紙のリチャードの顔、確かに悪人と言うより裁判官のような面持ちです。でも、肖像画というのはその人を良く見えるように描くことも多いのでは?と思って、あまり信用していませんでした。

この物語を読むのに一番苦労したのは、とにかく登場人物が多いことです。もちろん多いのは英国王室の人々です。しかも、エドワードやリチャードは王室ではよくある名前で、ランカスター家にもヨーク家にも何人も存在し、どれがどれだか…と混乱します^^;
実際は“ヨーク公”“ウォーリック伯”などの爵位で呼び分けていたようです。
付属の家系図とにらめっこしながら読んでいましたが、人間関係を把握するのは大変でした。しかも、しばらく読まずにいて再開すると、だいぶ前に読んだ所の人物が再び活躍を始めていたりして、「え~っと、この人誰だっけ?」^^;

そんなわけで行きつ戻りつしていましたが、ミステリとしてはとてもわくわくする内容でした。
探偵役のグラントは病室にこもりっ切りで、完全な安楽椅子探偵です。お見舞いに訪れる人々に資料を持参してもらい、歴史に興味のある学生ブレントと知り合ってからは、彼とともに史実を探究して行きます。
この後、少しネタバレありますのでご注意を。








グラント達がまず発見したのは、リチャード3世について歴史家が書いた有名な本は、伝聞によるものだという事実でした。
それで、リチャードと同時代に生きて、実際にリチャードのことを知っている人物が書いた資料を探します。そして、多くの資料から、リチャードが優れた、慈愛に満ちた人物であったことを導き出していきます。
彼を悪人として書いた歴史書は、実は彼の敵に当たる人物によって書かれた物だったのです。

リチャードが、甥の王子2人を殺しても本当は何の得もないこと、実行犯の黒幕と目される人物が、王子を人目に触れないように抹殺することの理由など、一つ一つ細かに確証を積み上げていく過程は圧巻です。
あくまでも一個人の考察ではあるのですが、これだけ綿密に組み立てられた説を読むと、リチャード3世善人説を支持したくなります。
作者の考察がもし事実であったとしたら、500年以上前に行われた政敵による情報操作が、いまだに効力を発揮していることになり、薄ら寒いような思いを感じるのです。
(ネタバレ終わり)







2012年に、イングランドレスターシャー州の駐車場(もと修道院)で、彼の遺骨が発見されました。DNA鑑定で間違いなく本人のものと特定されたそうです。
骨は完全な状態で保存されていて、史実に残っているように、脊柱が湾曲していることがはっきりと分かります。ただ、彼がせむしだったと言われるほど、状態はひどくはなかったようです。
彼はボズワースの戦い(のちのヘンリー7世との決戦)で自ら軍を率いて戦い、亡くなるのですが、脊柱に矢尻が刺さり、頭蓋骨に大きな穴があいていました。頭部を貫かれた傷が致命傷ということで、これも立証されました。
勇猛果敢な王であったことは間違いないようですね。
これほど有名な王の遺骨が、ほんの2年前まで行方不明だったことが驚きです。

タイトルの「時の娘」とは、「真実は時の娘(Truth is the daughter of Time)」という古くから使われるフレーズからとられていて、「真実は時間の経過の中で明らかになる」という意味だそうです。
その言葉の通り、事実を探究し、それを明らかにしていくことの高揚感を、グラント、ブレントと共有できます。知的好奇心を刺激される素晴らしい内容でした。
歴史ミステリとして名高い作品なのも納得できる作品だと思います。
これで、リチャード3世のドラマを、少しは背景が分かった状態で楽しむことができそうです^^