屍者の帝国  伊藤計劃×円城塔

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夭逝したSF作家、伊藤計劃さんの草稿を、円城塔さんが書き継いだ作品です。
医学生ジョン・ワトソンが、政府の諜報機関の人物であるMから依頼を受けて、アフガニスタンに赴きます。それは、現地で屍者の帝国を築いたアレクセイ・カラマーゾフを調査するためでした。死者に霊素(スペクター)をインストールすることで動かし、労働用として使うという、現代版フランケンシュタイン…それが屍者と呼ばれるものです。
アレクセイを調査するうちに、ワトソンが発見した存在とは?

昨年末から読み始めていたこの作品、ようやく読み終わりました。
伊藤さんの書いた部分は冒頭20ページほど。以前SFアンソロジーで読んだことがあって、それを読んだ時に、これは面白いと思いました。
今回改めて読んでも、やっぱり面白かったです。ワトソンの学生としての生活、吸血鬼ハンターとして著名なヘルシング教授の学者としての一面など、ほんの20ページの中に、キャラクターが生き生きと描かれています。
少しだけ登場するMも、そしてMから数行語られるだけの世界一有名な諮問探偵でさえ、この中で個性を発揮しています。
皆川さんの「開かせていただき光栄です」を彷彿とさせるわくわく感を感じました。

そして、第一部から始まる円城さんのパートですが…
はっきり言って、伊藤さんの作品とは別物でした。前掲したアンソロジーに円城さんの作品も載っていて、それが初読みだったのですが、その時感じた合わなさ感が、やはりここでも…というか、長編なだけに圧倒的に合わない!という感じでした。
円城ワールドというのがあるのは分かるのですが、自己完結しているというか、読み手を意識していない1人語りのような感じです。

一番残念だったのは、ワトソンが全く没個性だったことです。伊藤さんのパートではあんなに生き生きとしていたのに、円城さんのパートでは、これだったら別にワトソンである必要はないのでは?と思いました。主役でありながら、私が思うワトソンらしさ、という部分がほとんど感じられませんでした。

他にもさまざまな著名な人物が登場しますが、一番設定的に生かされていたのはヴィクター・フランケンシュタイン博士が創造したクリーチャーである「ザ・ワン」です。
少し前に舞台「フランケンシュタイン」を観ていたので、ザ・ワンが失った花嫁に抱く思いについて、舞台で感じた印象と重ね合わせながら読むことができました。
ザ・ワンの行く末については、原作では叶わなかったことを、円城さんが物語の中で実現させていたので、円城さんにとっても思い入れのある部分だったのだろうと思いました。これぐらい他のキャラクターも生きていると良かったのですが。
あと、著名人で個性が感じられたのは謎多き「計算者」ハダリーと、その相棒の「封鎖破り」で名を馳せるあの人くらいですね。ハダリーはその雰囲気と名前で誰か予想がついてしまいましたが。

かなり苦労して読み進めたこの作品ですが、ラストが良いという噂を聞いたのでがんばって読みました。
ワトソンの記録係である屍者のフライデーの独白になっているのですが、ワトソンへの言葉が、そのまま伊藤さんへ捧げる言葉なのですね。
生命とは、生きている意味とは、というのがこの物語のテーマなのでしょう。若くして亡くなった伊藤さんへの思いが、円城さんが書き継いだストーリーと、このラストに込められているのだなと感動させられました。
残念ながら、物語として伊藤さんが目指していたであろう方向とは違う方向に進んでしまった気もしますが…。伊藤さんがもしこの物語を最後まで書いていたら…深遠なテーマながらもっとエンタメ性の高い作品に仕上がっていたように思います。

ただ、一般読者を寄せ付けにくい円城ワールドも、伊藤さんへ向けた個人的なメッセージと考えるとそれも理解できる気がします。
この作品においては…それでいいのでしょう^^



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伊藤さんは気になるけど、円城さんが難解そうでこの本には手が出ません…(^_^;)(円城作品は全くの未読なんですが)
でもこの記事読んだら、ちょっと伊藤さんのパートだけ読んでみようかな、という気になりました(笑) 削除

2015/1/30(金) 午前 0:20 [ sinobu ] 返信する
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>sinobuさん

プロローグでは背伸びしてる感じの初々しい学生だったワトソンが、本編では全然可愛げないです^^;もう少し何とかならなかったのかなあ…と。
円城さんは、まずは短編を読んでみてからの方がいいと思います。
伊藤さん、「虐殺器官」を読まれているのですね。私は「ハーモニー」を以前に年間ベスト1に選んだことがあります。やっぱり伊藤さんはすごいです。もう新刊が読めないのが残念です。 削除

2015/1/31(土) 午前 0:58 ねこりん 返信する
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ぼくも円城塔が苦手で、本書でも少し難儀なおもいをしたのですが、ラストにきて、あの現実をトレースした言葉を突きつけられて涙がとまりませんでした。それだけで、すべてを許してしまいました^^。 削除

2015/2/1(日) 午前 8:07 beck 返信する
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>ベックさん

ベックさんもそうでしたか。
合わないな~と思いつつ、ラストには感動してしまって…。どんなに円城さんが伊藤さんに傾倒していたかが分かりました。
伊藤さんの絶筆が完成された作品となって出版されたということがまず素晴らしいですよね。 削除

2015/2/1(日) 午前 11:43 ねこりん 返信する
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この作品は時間がかかる読書でした。伊藤さんが書いていたら勿論もっと読み易かったでしょうね。円城塔が書いた作品として考えれば読み易い作品になったなと思いますが、やはり入り込むのは時間がかかりました。円城塔が自分のキャラに変えるまでを読者に納得させるためには、きっと別のストーリーが必要になった気がします。ページ数を増やさざるを得ないでしょうからキャラ設定の違和感もある程度は仕方がないかなと思いました。
それにしても別の作家がよくもあそこまでこの作品を仕上げてきたなと、感心させられた作品でした。 削除

2015/2/2(月) 午後 4:02 [ テラ ] 返信する
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>テラさん

テラさんもでしたか~何だか安心しました^^
伊藤さんが書いた部分が20ページだけだったので、その後のほとんどを作り上げなければいけないということで大変だったでしょうね。
やはり他の人の作品を書き継ぐというのは難しいものです。 削除

2015/2/2(月) 午後 8:34 ねこりん 返信する