黒猫の薔薇あるいは時間飛行  森晶麿

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美学の若手教授黒猫と、その付き人の恋愛の行方も気になるミステリーです。
このシリーズ、主役2人の名前はずっと分からないまま行くのでしょうか。

パリに渡った黒猫は、恩師の孫娘マチルドから、音楽家のリディア・ウシェールの音楽が変わってしまった理由を知りたいと頼まれます。
一方、日本に残る付き人は、作家の綿谷埜枝の小説と、研究しているポオの「アッシャー家の崩壊」に共通する構成を見つけます。ゼミの唐草教授、後輩の戸影とともに埜枝の元を訪れた付き人は、埜枝から、大切な人からもらった鉢植えの薔薇が赤から白に植え替えられていたという話を聞かされます。

埜枝の小説「星から花」の、たった一人きりの小さな惑星での薔薇との会話。埜枝と彼が出会った、ゲニウス植物園のバオバブの木。ここを造園した、飛行機に乗ったまま行方不明になった植物学者。
これらは全て、サン・テグジュペリの「星の王子さま」のモチーフです。飛行機で行方不明になったのはテグジュペリ本人ですが。
この物語ではアッシャー家、「星の王子さま」の他に万葉集の歌も重要な鍵として用いられています。
そして、リディアの庭の天地が逆になった天井庭園、そこで手を広げる謎の男。
共通するのはすべて植物です。植物のことをある程度知っていれば、謎についても気づくことができるかも。今回取り上げられている文学、植物とも、私にとってもなじみ深いものばかりだったので、この世界にひたりつつ、予想しながら読むことができました。

美学がテーマなだけあって、一つ一つのイメージが美しいです。相変わらず黒猫の美学講義は難しくて理解の範疇外ですが…。
登場人物が抱えている秘密は切なく、今となっては取り返しのつかない事です。人生って美しい物事ばかりではないからこそ、美しいものに惹かれるのかも知れません。

黒猫を意識するマチルドの存在にはハラハラさせられましたが、黒猫とマチルドが会話するプロローグ、なるほどそうでしたか。
プロローグのラストの表現、最初に引っ掛かっていて。
「黒猫との時間を、肺の奥まで吸い込む。薔薇の香りまで一緒に入ってくるような錯覚に襲われる。」
普通なら、「薔薇の香り」こそ肺の奥まで吸い込むもので、例え詩的な表現としても香りの方が錯覚、っていうのは変だなって思っていたんです。
終章のエピソードが素敵でした。付き人が黒猫から恋人と呼ばれるようになった時こそ、2人の名前が明らかにされる?それともこのままの方がふさわしいのでしょうか。何にしろ、気になるシリーズです。