蜜蜂と遠雷  恩田陸

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芳ヶ江国際ピアノコンクールに臨む4人の、第一次予選から本選までを追った物語です。

始めに選択すべき課題曲一覧、その後各登場人物の選んだ演奏曲一覧がずらりと並び、読者もこれからコンクールを聴きに行くような気持ちにさせられます。
コンテスタント(コンクールの参加者)一人一人の音楽的な背景やお互いの演奏に触発されて高め合う様子もしっかりと描かれ、物語に深みを与えています。

高校生の風間塵は、養蜂家の息子で、タイトルの蜜蜂は彼に由来します。
蜜蜂を追って移動する暮らしのため、家にピアノがなく、行く先々でピアノのある場所を探して練習していたという彼は、コンクール自体も初めてという異色の経歴です。
しかし、誰もが尊敬するホフマン氏が、彼の元を訪れてまでピアノを教えていたという事実が、審査員とコンテスタントに脅威を与えます。
映画で観ただけですが、「ピアノの森」のカイと少し経歴や雰囲気が似ている気がします。塵は自分で調律ができ、オーケストラの楽器の位置でさえその耳で決めてしまえるほどで、たぶんもっと天才肌ですが。

栄伝亜夜は、以前天才少女と呼ばれ、CDデビューもしていたほどなのですが、母の死で気力を失い、引退していました。しかし、恩師の勧めで芳ヶ江に参加することになり、世間の注目を集めます。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、「ジュリアードの王子」と呼ばれ、その実力はもちろん、容姿端麗で、人気ナンバーワンの優勝候補です。
彼には幼い頃ピアノを共に習い、影響を受けた女の子がいました。その女の子とは…。

高島明石は、28歳で、コンテスタントの中では年長者です。結婚していて子供もおり、仕事をしながらの参加のため、音楽大学等でみっちり練習をしている他の参加者に比べ、練習時間の確保が難しいのが彼の悩みです。今回のコンクールが音楽家としての最後の挑戦だと考えています。
私は、4人の中では一番明石のキャラクターと演奏に惹かれました。温かい人柄と包容力は、演奏にも表れています。亜夜と共に涙するシーン、好きでした。

演奏曲を動画サイトで聴きながら読んでいましたが、たとえそれをしなくても、文章から音楽が流れ出すようでした。これほど多彩な表現で音楽というものを表すことができるとは…。ピアノ曲を文章で表すなんて本当に難しいと思いますが、恩田さんの圧倒的な表現力が、それを可能にしています。

マサルバルトークソナタを弾く様子を一部抜粋します。

「森のどこかで斧を打ち込む音が響く。規則正しく、力強いリズム。叩く。叩く。腹の底に響く鼓動。心臓の鼓動。太鼓のリズム。生活の、感情の、交歓の、リズム。」

鍵盤からの音が体に響いてくるようなこの表現の素晴らしさもさることながら、バルトークの曲の解釈部分も美しいです。

バルトーク独特の、音の展開。胸の空くような、潔い音の流れは、どこか見晴らしのよいところに出て、パッと広い青空が開けたような爽快感がある。」
バルトークの音は、加工していない丸太のよう。ニスを塗ったり、細工を施したりはしていないが、木目そのものの美しさで見せる、大自然の中のがっちりした建造物。力強い木組み。素材そのものの音。」

恩田さん独特の表現がまるで流れるように繰り出され、それに酔いしれます。
コンクール会場で、登場人物とともに曲を聴いているようなこの臨場感。素晴らしい演奏を聴く幸福感を共有できる、今までにない読書体験でした。

直木賞本屋大賞を取りましたが、それも当然と思える作品でした。文章の持つ力を感じさせてくれた恩田さんに感謝です。



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ほんと「ピアノの森」の小説バージョンって感じでしたよね。
ピアニストの人たちってすごいと改めて思いました。 削除

2017/4/30(日) 午後 7:28 あややっくす 返信する
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あややっくすさん

ピアノの森」はマンガの方は読んでないので、その後どういう展開なのかは知りませんが、映画の雰囲気はよく似てましたね。
プロの音楽家としてやっていくって、ほんと厳しい道のりですね。でも、それが楽しいと思える人が大成するんだろうなと思いました。 削除

2017/5/1(月) 午後 8:40 ねこりん 返信する
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ぼくは、恩田さんのいい読者ではないと思いますが、この本には完全ノックアウトされてしまいました。素晴らしいですよね。 削除

2017/5/5(金) 午前 8:42 beck 返信する
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>ベックさん

私も最近恩田さんは読んでなかったのですが、この素晴らしい作品を読んで、優れた作家さんの紡ぎ出す言葉の力ってすごいな、と改めて感じさせられました。 削除

2017/5/5(金) 午後 1:33 ねこりん 返信する
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直木賞を獲った後で本屋大賞を獲ったことに文句をつける人もいるとは思いますが、本好きな書店員さんたちが、この本を一番に評価したことは、当然の帰結だと思います。他の作品は読んでないものが多いから、私の偏見かもしれませんけど・・・。
恩田さんの文章力が遺憾なく発揮された素晴らしい作品でした。ほんと、読み終わるのがさみしくて仕方がない本に久しぶりに出会えて嬉しかったです。 削除

2017/5/9(火) 午後 9:23 べる 返信する
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>べるさん

文句をつける人、この作品を読んだの?と言いたくなりますね。本当にいい作品を人に勧めたくなるのは当然のことです。
読み終わるのが寂しい、ほんと、そんな気持ちにさせられました。また彼らに会いたいです。
恩田版「ガラスの仮面」と言われる「チョコレートコスモス」を読んでないので、こちらも読んでみたいです。 削除

2017/5/11(木) 午後 8:57 ねこりん 返信する