むかしのはなし  三浦しをん

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有名な昔話を下敷きに、「いま、『昔話』が生まれるとしたら」というコンセプトで書かれた連作短編集です。

「ラブレス」(かぐや姫
 多くの貴公子からの求婚を無理難題を突きつけて退け、月に帰って行ったかぐや姫を、なんと人気ホストになぞらえて書かれています。
 自分に夢中の多くの女性を鼻であしらっていた主人公は、当然のごとく面倒事に巻きこまれることに。月に帰ったかぐや姫は、この物語ではどうなるのか…が読み所です。

「ロケットの思い出」(花咲か爺)
ロケットは主人公が子供の頃飼っていた犬の名前です。泥棒をしている主人公は、ロケットに何となく似た高校の同級生犬山の家に忍び込んでしまい、顔を見られたために、犬山の頼みを聞く羽目になります。
生きていた頃には、泥棒仕事で運をくれていたロケットですが、もし犬山がロケットの代わりとすれば、新しい人生をくれたということで、やはり運を良くしてくれたということになるのかも。

「ディスタンス」(天女の羽衣)
主人公は、実家に住み込んだ叔父と小学生の頃から関係をもってきました。その関係は高校生の頃周囲にも明らかになり、二人は離ればなれに。
大人になればもっと自由に会うことができると思う主人公ですが…。
うーん、何でこんな話にしたんでしょうね。一途に天女を思う男を主人公に、天女と人間という埋まらない溝を、叔父と姪という関係以上に、変えられない年齢と叔父の嗜好に、ということでしょうが、嫌な話です。

「入江は緑」(浦島太郎)
この話から、今までさりげなく匂わされてきた地球規模の災害についての設定が現実化します。伊坂さんの『終末のフール』のように、死を前にしてどのように生きるかということをテーマに物語は進みます。
ただ違うのは、これらの物語では、宇宙に脱出する道が残され、それが抽選で決められるということです。
漁師をして生活している主人公の住む村に、幼なじみが彼女を連れて戻って来ます。テレビから流れる災害のニュースの異常さに比べ、淡々と進む日々の生活の対比が描かれます。『終末のフール』にも似たような話があった気がします。

「たどりつくまで」(鉢かづき
地球滅亡を前にして、いつも通りタクシードライバーの仕事を続けている主人公は、顔半分を包帯で隠した女性を乗せます。
死を前にして、自分の願望を叶えたいと願う人々を、「入江は緑」と対比的に描いています。
 
「花」(猿婿入り)
この昔話は知らなかったのですが、日照りで苦しんでいる百姓のために雨を降らせた猿の元に娘が嫁ぐことになるのですが、娘は機転を利かせて、猿を死なせて家に戻るという話だそうです。
騙されて猿に似た男と結婚することになった主人公は、サルのおかげで一緒に脱出ロケットに乗って命拾いします。サルを愛していないと思いつつ、一途な愛情にいつの間にかほだされている主人公の心情が描かれています。
「猿婿入り」が、猿の愛情を逆手にとった嫌な話なので、逆にこういう話にしたんでしょうね。

「懐かしき川べりの町の物語せよ」(桃太郎)
みんなに恐れられている高校生のモモちゃんに憧れている主人公は、ある事件をきっかけにモモちゃんと親しくなります。モモちゃんには友人の真白と、彼女の鳥子がいて、いつも行動を共にしていました。破天荒なモモちゃんと、三人のひと夏の冒険を描いています。モモちゃんのキャラクターがいいですね。普通のお嬢様に見えて、凶暴な暴力を繰り出す鳥子も面白いです。モモちゃんの大好きな、手作りの桃のフルーツサンドがすごくおいしそうです。
ユニークなメンバーなので、この四人の話をもっと読んでみたいですが、設定上未来はないので過去の話になりますね。

今まで自分が読んだしをんさんの作品とは異なり、ブラックなテイストの作品が多かったです。昔話というのがそもそもブラックなものが多いので、それを踏襲しているのかも知れません。
「懐かしき川べりの町の物語せよ」が気に入りました。「ラブレス」も、昔話の扱い方が皮肉で面白かったです。