チャイルド44  トム・ロブ・スミス

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スターリン体制下のソ連で、国家保安省の捜査官として勤務するレオは、ある殺人事件を無理に事故として処理します。しかし、その後、前の事件と同様な状態の少女や少年の遺体が見つかり…。

始めに、靴や馬糞まで食べるほどの飢餓状態である村の様子が描かれます。ラブリさんも書いておられましたが、私も「ハンニバル」を思い出しました。レクターが殺人鬼になったのは、幼少時の過酷すぎる経験が始まりでした。そして、この物語でも、村での事件がこれからの事全ての始まりなのです。

言論統制が敷かれ、政府を批判することはもちろん、少しでも反体制と見なされると即逮捕される時代です。一度逮捕された者の判決が覆ることはありません。逮捕が間違っていた、ということはソ連政府としては「ありえない」からです。逮捕された者は強制労働収容所に送られ、過酷な労働と環境の中で命を落としていきます。
また、政治犯以外の犯罪はほとんど認められません。「安定した国」の中で犯罪が起きるということもまた「ありえない」からです。
自分が生き延びるために、無実の人でさえ密告するのが当たり前の社会。人々は息をひそめるようにして生きていたのです。
こんな国、こんな時代があったなんて信じられない気がしますが、ほんの数十年前まで、日本もそう変わりない状態だったんですよね。日本がここまで変わったのですから、ロシアも…と思いたいのですが、本書が発禁書になっているということから、根本的なところに変化はないようです。

上巻では、殺人事件そのものよりも、ソ連の体制の恐ろしさ、疑心暗鬼の人間関係、恵まれた夫婦であったはずのレオとライーサさえ例外ではない、ということが語られます。
しかし左遷されたのをきっかけに、レオは政府への盲目的な信奉や、多くの無実の人間を逮捕してきた自分、そしてライーサとの関係を見直すことになります。

下巻ではレオの調査で、さらに多くの、共通点のある殺人事件が起きていることが分かります。そして、ついに犯人がその姿を現します。
昔、心理分析に関心があった頃、犯人のモデルとなったチカチーロについてのノンフィクション「子供たちは森に消えた」を読んだことがあるのですが、ずいぶん前なので、「チャイルド44」を読んでも内容について幸いなことに?ほとんど思い出せませんでした^^;でも、イメージだけは残ってるので、もう読み直したくないです;;
あとがきにもありましたが、「犯罪は存在しない」というソ連の建前がこの犯罪者を野放しにした上、多くの誤認逮捕を生んだという事実は恐ろしいです。それに、事件があったのは本当は80年代で、けっこう最近だったのでよけいに怖さを感じました。

「チャイルド44」はもちろんフィクションなので、途中であっと驚く展開があります。
この時、全てのことが一つにつながります。
犯人の生育環境も悲惨で過酷なものでしたが、レオの生育環境も複雑すぎると思いました。まかり間違えばレオも殺人鬼になっていてもおかしくありません。でも、ステパンとアンナが心からレオを愛してくれたことが、レオを踏みとどまらせたのですね。
犯人が望んでいた愛情をどこかで受けることができていれば、殺人犯になることはなかったかも知れません。
ソ連が築こうとした「犯罪のない社会」はまやかしでしたが、全ての人が子供時代に愛情をもって育てられていたら、犯罪の数はかなり減るのではないでしょうか。

それにしても、これが作者のデビュー作なんて驚きです。長編にも関わらずとても読みやすく、飽きることなく最後まで読むことができました。リドリー・スコットによる映画化も決まっているそうです。