綺譚集  津原泰水

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「蘆屋家の崩壊」と同様、幻想怪奇色の強い短編集ですが、連作ではありません。「蘆屋家~」の方がユーモアがあり、わりに読みやすい作品が多いのですが、こちらはかなり個性的な作品が揃っています。美と恐怖、エロスとグロテスクの饗宴に幻惑されるかのような世界が広がります。
特に印象に残った作品を挙げます。

「サイレン」
祖父と一緒に暮らす姉弟は、サイレンの音に導かれるようにして殺人を犯します。映画で「サイレン」というのがありましたが(前にTVでちらっと見ました)その原作ではなさそうです。でも、何となく受ける雰囲気が似ている気がします。サイレンは人を歌声で惑わす人魚セイレーンが語源だそうなので、ホラーではその通りのガジェットとして用いられているのですね。

「赤假面傳」
洋画家の村山槐多の評伝小説「音の連続と無窮変奏(槐多カブリチオ)」に所収の作中作だそうです。美を吸い取り、そのエネルギーを絵に投射する悪鬼と化した「怪多」は、赤い仮面をつけて次々に美貌の人々を手にかけます。
本当に望む物を得られなかった怪多の悲哀が胸を打つ作品です。でも、実在の人をこんな風に書いてしまって良かったんでしょうか^^;旧字体がこの作品の雰囲気を高めています。

「玄い森の底から」
主人公の、書道家として書に対しての凛とした思いと、グロテスクで性的な匂いを感じさせる独白とが表裏を成しています。文体に独特のリズムがあり、イヤな話ではあるのですが詩的な印象さえ受けてしまいます。

「約束」
遊園地で偶然出会い、もう一度会う約束を交わした2人のその後を描いています。
最後の方までよくある展開なのですが、ラスト二行で全てひっくり返されてしまいます。いろいろと考えてみましたが、人によって解釈が分かれそうです。

「ドービニィの庭で」
ゴッホの実在の作を元にした作品です。この絵に魅せられた人々が、絵の庭を再現することに執念を燃やします。庭に取り込まれ、精気を吸い取られたかのように衰えて狂気へと踏み込んでいく様子が鬼気迫ります。
ネットで絵を見てみましたが、猫についての論争は実際にあったことなのですね。

内容はドロドロしたものが多いのですが、文章の美しさがそれを一段高いところに押し上げてしまったようです。視覚的なイメージが強烈なので、悪い夢を見ているかのように余韻がいつまでも残ります。
こういう言葉の魔術師のように次から次にイメージを喚起する表現が繰り出されてくるというのはすごい才能ですね。
次は「バレエ・メカニック」か「たまさか人形堂物語」を読んでみたいと思います。