わたしを離さないで  カズオ・イシグロ

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感想を書くのが難しい作品です。気をつけては書きましたが、ネタバレ的なところもあるかもです…。

提供者と呼ばれる人々の介護人として11年間過ごしているキャシー。彼女は、かつて自分がいた施設ヘールシャムでの親友、ルースとトミーと過ごした日々のことを回想します。

ヘールシャムは特別な施設だと言われていました。絵や工作の授業に極端に力を入れ、優秀な作品は、選ばれて「展示館」に飾られるという噂でした。
なぜ美術に力を入れ、本当は何が特別なのか、分かるのは最後になってからです。
貴志祐介さんの「新世界より」に出てきた、呪力を高めるための学校を思い出しました。謎に満ちていて、不条理なことがあっても、子ども達はそれの本当の姿には気づかないのです。

全寮制学校が舞台の普通の青春小説のように、キャシーたちはけんかをしたり、仲直りしたり、保護官の言動に一喜一憂したり、恋をしたり性体験をしたりします。そんな日々が美しい筆致で淡々と語られます。
ですが、時々はさまれるエピソードが、彼らを待ちかまえている残酷な運命を思い出させます。ルースが持っていたオフィスで働く夢、みんなで親を探しに行ったこと、また、「本当に愛し合う二人」にまつわる噂…。

生まれた時から提供者としての教育を受け、その運命をキャシー達は静かに受け入れています。「本当に愛し合う二人」についての噂を確かめるためにキャシーとトミーが起こした行動は、ほんのささやかな抵抗でした。でも、逃げ出すとかそういうことは彼らには思いも寄らないことなのです。それは自分の使命なのだと、そのために自分は生まれてきたのだと、そう思って生きてきているのです。
限られた人生を懸命に生きること、それは、私たちにも通じることのように思います。

「Never let me go」(わたしを離さないで)の曲に合わせて踊るキャシーを見て、涙を流したマダムの気持ちが、こちらにも同じように伝わってくる気がしました。
表紙の絵はカセットテープですが、大きすぎて最初は気づきませんでした。でも、この作品での、カセットテープの果たす役割を考えると、なるほどと思います。

いつまでもしみじみと余韻の残る作品でした。

ずっと前に読んだことのあるSF短編に設定が似ていて、キャシー達が置かれている境遇については、予想がつきました。SF長編にも似たようなのがありますね。短編の方は、「提供者」のことを確か「天使」と言ってたように思います。何の本に入っていたのか探してみましたがどうしても分かりませんでした。もし、思い当たる方がおられたら教えて下さい。



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これはずっと気になっていた作品です。いずれ読もうとは思っているのですが。。この作家さんは凄そうですね。 削除

2008/11/2(日) 午前 4:36 ゆきあや 返信する
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>ゆきあやさん
訳者の方の力でもあるのでしょうが、美しく透明感のある文章がとても印象的です。衝撃的な内容にも関わらず、嫌な感じがしない不思議な作品です。「日の名残り」も読んでみたくなりました。 削除

2008/11/2(日) 午後 6:01 ねこりん 返信する
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はじめまして。
大好きな作家さんです。全ての作品を愛しているかも...。設定が似ている作品、違うかもしれませんが島田荘司さんの中編でそれっぽいのがありましたよ。 削除

2008/11/6(木) 午後 11:47 しら菊 返信する
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>しら菊さん
初めまして^^
これは、「愛される作品」にふさわしいかもしれませんね。
他の作品も読んでみたいです。
私が読んだのは確か短編だったと思うのですが、島田さんのもチェックしてみますね^^ 削除

2008/11/7(金) 午後 11:20 ねこりん 返信する
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この著者は以前から興味があってこの作品はちょうど図書館で借りているところです。
なので記事は軽く読み飛ばせてもらいました。
読了後にまた詳しいところは読ませてもらいますね(^^) 削除

2008/11/8(土) 午後 3:26 [ chi*on*ne*ao ] 返信する
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>ぐぅさん
とてもいい作品なので、ぐぅさんの感想楽しみにしていますね^^ 削除

2008/11/8(土) 午後 10:53 ねこりん 返信する
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ラスト、かつての先生と話す場面で
某映画(コレの名前を出すとネタバレになりそう。汗)のことを
思い出しました。
私たちは後戻りできない。
そして私たちは自分たちのために、あえてソレを見ない。
振り返って、主人公たちの優しすぎるほどの透明感は、何なのでしょう。
マダムの気持ちは多く語られていませんが、ワタシはマダムの気持ちが
一番、自分に近いんじゃないか、と思っていました…。 削除

2008/11/19(水) 午前 0:36 [ エンジェル ] 返信する
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私も最初はカバーの絵がなんなのかさっぱり分かりませんでした(^-^;)
でもこのテープが重要だったんですよね~。
あんなとりとめのないようなテープ探しがこんなに記憶に残るものになるなんて思いもしませんでした。
登場する大人たちが子供の為に良かれと思ってしてきたことに対し、思うところはあっても善悪つけれないところがこの小説の深いところだと思いました。
トラバさせて下さいね♪ 削除

2008/11/19(水) 午前 1:40 [ chi*on*ne*ao ] 返信する
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エンジェルさん
私も先日偶然この本と設定が似ている映画を見たのですが、エンジェルさんのとは違うのかしら?
普通ならこの映画のように逃げ出したり戦ったりする選択肢もあると思うのに、運命を受け入れている彼らには、マダムと同じような思いを抱きますね。 削除

2008/11/19(水) 午後 10:21 ねこりん 返信する
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>ぐぅさん
キャシーたちが手に入れられるわずかな物の中で、このテープの存在は本当に大きいですね。
ヘールシャムの子ども達は幸せだったのでしょうか。大人も子ども達も、読んでいる私も、何かが変わることを願いながら、そうならないことを知っている、そんな切なさを感じる物語でした。 削除

2008/11/19(水) 午後 10:57 ねこりん 返信する
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訪問&TBありがとうございました。
この本読後の余韻が格別でした。なんにも手につかなくなるくらいに。
わたしは単行本を読んだのですが、しばらく経って書店で平置きになった文庫版を見て、初めて表紙がカセットテープになってるのに気付きました。とほほ…。
(わたしもTBさせていただきました。) 削除

2008/12/23(火) 午後 2:08 TEA♪ 返信する
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>TEAさん
やっぱり最初は気づかなかったという人多いですね^^;
あれほど大きく描いたのはやはり意図があったんじゃないかと。
日の名残り」を買ったので、早めに読みたいと思っていますが…
思うだけで数ヶ月もめずらしくない私です^^; 削除

2008/12/23(火) 午後 5:06 ねこりん 返信する
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ねこりんさんは薄々話の展開が読めていたのね。私は途中まで全く気付くことなく読みました。そして終盤で一気に謎が解けた気がして、衝撃を受けました。一番幸せな読書体験だったかも知れないですね。それも乏しい英語力のせいかも^^。結果オーライということで。 削除

2009/6/8(月) 午後 9:11 [ booklover ] 返信する
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>bookloverさん
英語で読めるということ自体が素晴らしいですね^^
この美しい筆致は原語で読んでもやはり感じられるのでしょうね。
でも、すばらしい訳のおかげで私も幸せな読書体験をしました。 削除

2009/6/8(月) 午後 9:45 ねこりん 返信する
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このお話を読んでいる途中で、表紙の絵がなんなのか気付きました。テープのエピソードは重要でしたね。やはり翻訳の良さもあるのでしょうね。読みやすく綺麗で、透き通るような文章に酔いしれました^^ 削除

2010/2/16(火) 午前 1:01 ゆきあや 返信する
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>ゆきあやさん
テープはほんとに気づきにくいですよね。気づかれない、ということも意図して描かれたものなのかも。
イシグロさんの文章の素晴らしさに翻訳の美しさが加わった、奇跡のような作品だと思いました。 削除

2010/2/17(水) 午後 9:37 ねこりん 返信する