火星年代記  レイ・ブラッドベリ

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数年前から夏の課題図書にしてましたが、やっと読めました。

地球人が訪れることによる火星の変遷を年代ごとに描いた叙事詩のような作品です。「オムニバス短篇」とあるように、それぞれの物語に直接のつながりはありません。同じ登場人物が出てくるものもあるにはありますが。

あとがきで訳者の人が物語を要約して説明しているのですが、それを読むと、これほどの物語がたったこれだけにまとめられるのか…と複雑に感じます。
ブラッドベリの物語は散文詩に似て、一つ一つはばらばらのようですが、それぞれがイメージを喚起して、全体の大きなイメージを作り上げています。独特な表現の美しさ、漂う哀愁と郷愁はブラッドベリならではのものでしょう。

始めの「ロケットの夏」というタイトルでもうこの物語にとらえられてしまいます。書き出しは地球人の宇宙への期待がこめられ、キラキラと輝いています。次の、火星人が主人公となっている章でも、火星人の文化が詩的で色鮮やかに描かれています。
しかし、第二探検隊が主人公である次の章からは、それまでとは打って変わって戯画化されています。火星を訪れた地球人が火星人の理解を得られず、ことごとく失敗する様子を、皮肉な視点で描いています。これからあとの章でも、火星人がメインで出てくる章と、そうでない章ではタッチが違います。

ある驚くべき理由から火星人は壊滅状態になり、それからは次々に地球から移民がやって来ます。
わずかに残った火星人とのふれ合い、火星への移住に危機感を持つ男のレジスタンス、有色人種や老人の新天地を求めての移住、そしてついに核戦争の勃発など、さまざまなエピソードが織りこまれ、できあがった織物の上に見えるのは当時のアメリカが抱えている社会・国際問題です。舞台は火星と地球ですが、他国と自国の関係を投影した物であることは間違いないでしょう。

特に心に残った物語は「第二のアッシャー邸」です。タイトル通り、ポーへのオマージュとして書かれていて、ポーの有名な作品のモチーフが次々に出てきて楽しめます。また「華氏451度」同様、焚書についての批判を盛り込んでいるのも印象的です。
また、地球人の思いにとらわれて破滅する火星人を描いた「火星の人」も、身勝手な人間の心を痛烈に描いて印象に残ります。

ロケットの夏」を始めとして、「月は今でも明るいが」「緑の朝」「夜の邂逅」「空のあなたの道へ」「優しく雨ぞ降りしきる」「百万年ピクニック」など、詩的なタイトルがつけられているのは、訳者の方の力でもあるのでしょうが素敵です^^

ところで、なんと今年パラマウントが映画化権を獲得したらしいですね。一度他の映画会社が獲得して流れたらしいです。もし制作されるとしたら、原作の雰囲気を生かした作品になってほしいです。