サヴァイヴ  近藤史恵

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サクリファイス」の過去や未来にあたるスピンオフ作品を集めた短編集です。

「サクリファイス」後日譚になる「エデン」そして本作は自転車ロードレースを扱った作品です。元々スポーツ小説は苦手で、ロードレースなんて全くなじみのないスポーツでしたが、「サクリファイス」は衝撃の作品でした。展開にも驚かされましたが、この競技がどんなものなのかこの作品で初めて知り、その奥深さにはまってしまいました。今ではエースとアシストの関係がちゃんと説明できます^^

サクリファイス」のエース石尾。多くを語らない彼がどんな人間なのか誰もが知りたくなるのではないでしょうか。この短編集で、彼の内面を垣間見ることができます。6編のうち、「プロトンの中の孤独」「レミング」は「Story Seller」で既読です。これに合わせ「ゴールよりももっと遠く」の3編で、チームメイトが語り手となって、石尾の姿を描き出します。

「老ビプネンの腹の中」
「老ビプネン」とはフィンランドの神話に出てくる巨人の神の名前です。この神話「ワイナミョイネン物語」は、家にある世界文学全集に「ワイナモイネン物語」として載っていて、懐かしく思い出しました。
サクリファイス」の語り手だった白石が、かつてのチームメイトの死と直面し、そのことと、過酷なレースを重ね合わせて考える物語です。どろどろでボロボロになって記者とすれ違うラストが好きです。

「スピードの果て」
チーム・オッジの今のエースである伊庭が、事故で植え付けられた恐怖心をどう乗り越えていくのかが描かれています。
あんなスピードで、たいした装備もなくデッドヒートを繰り広げる競技がよくできるなと思っていましたが、やはり「怖い」という気持ちは存在するのですね。

プロトンの中の孤独」
プロトン」とは大集団のことです。タイトルは、ロードレースで誰かが抜きん出る前の集団に囲まれたレーサーのことでもあるし、チーム・オッジの中で誰とも関わらず孤独に過ごす若き日の石尾のことでもあります。後に石尾のアシストとなる赤城が、思いがけず石尾の新しい面を発見し、連帯感が生まれる作品です。

レミング
レミング」は集団で移動し、海に飛び込んでしまうこともあるネズミの仲間です。石尾がレースで受ける妨害工作の謎を、赤城が解き明かします。
 妨害をした相手を責めるでもなく、相手も自分も生かせる道を提案する石尾に、「サクリファイス」での行動の片鱗を見た気がします。

「ゴールよりももっと遠く」
スポンサーの出場妨害により、レースに出場できなくなった石尾は、わざわざ開催日以外に出向いてコースに挑戦します。それと並行して、35才になり自分の進退を考える赤城の心情が描かれます。
ツール・ド・フランスに行くんじゃないのか」前作までを読んでいる人はこの言葉にじんとするでしょう。

「トウラーダ」
ポルトガルで活躍する白石がホームステイしている家の息子は、同じくロードレーサーでしたが、ドーピング検査に引っかかり、出場停止処分を受けていました。それが解けて新たな活躍の場を得るのですが…。
これはどうなんでしょう。心情的にこういう行動はあり得ない気がしたのですが。スポーツ選手の心情はよく分かりませんが、それ以前の問題かなあと思います。

明らかにミステリーだった「サクリファイス」と比べ、「エデン」と「サヴァイヴ」はほとんどスポーツ小説になっています。いわゆる「スポ根」ものとは違うことがこのシリーズを読み続けている理由でもあるのですが、「サヴァイヴ」では競技の影の部分を強調しているので、読後感が暗い方にやや傾いているのが気になりました。
中では「プロトンの中の孤独」が、石尾の成長が感じられ、読み心地も良く好きな作品です。また、「ゴールよりももっと遠く」はシリーズを読んでいるならきっと心に残る作品だと思います。