あなたの人生の物語  テッド・チャン

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「夏に一冊はSFを読もう!」今年の私的課題図書です。
映画『メッセージ』を観た後、その原作であるタイトル作だけ読んだのですが、今回始めから読み直しました。
寡作ながら、所収の作品でその評価を確定的にした短編集です。チャンは短・中編しか書いてないんですね。

「バビロンの塔」
天まで伸びるバビロンの塔(バベルの塔)を、空を掘るために登る鉱夫が、塔の中で出会う出来事を描くファンタジーSFです。塔の中に町があって人々が生活してるのが、ちょっとRPG風でユニークです。前に読んで感銘を受けた「商人と錬金術師の門」もそうでしたが、中東を舞台にした作品が印象的です。

「理解」
知能を飛躍させるホルモンを投与されて、天才になった男が、その頭脳を狙う組織と戦う物語です。
自分で追加のホルモンを投与して、身体まで思うがままに制御できるようになり、テレパシー能力?みたいなので攻撃までできちゃうところ、ほとんどマーベルキャラクターですね。でもラストはラピュタです(笑)

「ゼロで割る」
数学者である妻は、数学の根本をひっくり返すような定義を証明してしまいます。今まで信じてきたことが全て無になったと感じた妻は精神的に不安定になり…。
ゼロで割るっていうのは無理なことを表してるわけですが、妻を支えて来た夫の愛情が、妻にとっての数学になぞらえられているのが上手いです。

あなたの人生の物語
地球に飛来した七本脚の異星人「ヘプタポッド」。言語学者であるルイーズと、数学者であるゲーリーは、彼らの言語体系を研究しコンタクトを取ろうとします。
ヘプタポッドの言語を解明する過程は理解しづらかったので、先に観ていた映画でのイメージを思い浮かべながら読みました。
ヘプタポッドの言語を理解することと、ルイーズの、娘についての記憶にどのような関わりがあるのかということが、驚くべき事実へとつながっていきます。
ルイーズの決断はとても勇気あることだったと思いますが、切ないです。親子の場面から伝わる温かさは、映画とはまた異なる感動がありました。

「七十二文字」
「名辞」と呼ばれる呪文を使って、ゴーレムを動かす世界。簡単な動きしかできなかったのを、手先を使った細かい動きができる名辞を作り出したストラットンは、鋳造職人組合と対立します。一方でストラットンは名辞を生殖に利用できないかという研究に誘われます。
ただ粘土人形を動かすだけの名辞が、生殖に活用っていう飛躍がすごいですね。しかも途中からすごいアクションものみたいになってきてわくわくします。

「人類科学の進化」
超人類と人類が共生する世界で、人類は今後いかにすべきかという論文風のショートショートです。
超人類の研究者に押されつつある人類だけど、別の面でまだ活躍の道はあるという話…でしょうか^^;

「地獄とは神の不在なり」
地球にたびたび天使が降臨するようになり、それによって病気の治癒など祝福を得た者、その時の地震や暴風、稲妻などにより災厄に遭った者たちの、神への信仰を描いています。天国に行くのも地獄に行くのも神の気まぐれってことでしょうか?幸不幸がはっきりと天使の降臨という目に見える形になるとこんなふうになるんですね。

「顔の美醜について―ドキュメンタリー―」
「カリー」と呼ばれる、美醜の見分けがつかなくなる処置を施された学生たちや、一般人に、その是非についてインタビューするという形式で書かれています。
カリーを受けるかどうか悩む人、一度カリーを外したものの、また処置を受けてしまった人など、美醜を理解できる、できないでどのように変わるのか、その心理の揺れが面白いです。

どれも読み応えがありましたが、やはりタイトル作は素晴らしかったです。訳も良いですね。世界観が好きな「バビロンの塔」、活劇風の「理解」「七十二文字」も好きでした。
「理解」は映画化の話もあるそうです。この内省的で哲学的なタイトル作の映画化に成功してるぐらいなので、マーベル風の「理解」は無理なくできそうですね。「七十二文字」も良さそうです。
専業作家さんでないので、もうずいぶん新作は出てないようですが、自分が持ってるアンソロジーに「息吹」という短編が載ってることを知ったので、読んでみたいと思います。