不祥事 池井戸潤

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東京第一銀行の事務部臨店という、支店の問題を調査し指導する部署にいる相馬健と花咲舞のコンビが、問題を痛快に解決する連作短編集です。
半沢直樹の登場する作品を読んでいないので、私にとって初の銀行物の池井戸作品です。ドラマを先に見ていたのですんなりこの世界に入れました。

舞はやり手の元花形テラー(窓口係)で、その頃の知識を生かし、相馬の助けも借りながら、歯に衣着せぬ物言いで、支店長だろうがお偉方だろうが気にせずグイグイと真実に迫って行きます。
暴走する舞に辟易している相馬は、舞のことを「狂咲」というあだ名で呼んでいるのはドラマと違うところです。しかし相馬も舞に影響され、いつの間にか協力させられているのはドラマと同じです。

このシリーズの魅力は、舞が水戸黄門のように悪事を暴き、それに関わった人間に事実を突きつけるところですが、一介の女子行員である彼女にあるのは印籠ではなく、見識と証拠です。

職場での問題に困っている人は、舞のように堂々と物が言えたら…と羨ましく思うのでは。

短編のせいか遊びが少なく、ドラマにあった相馬と舞の美味しい店巡りや、舞の家の小料理屋に集うシーンも出てこないのが残念です。

企画部調査役の児玉が主人公になっている話の「彼岸花」は他と趣の違う一編で心に残りました。相馬が出てこないためかドラマ化はされていません。舞は思わぬ所で顔を出します。
相馬は出てきてほしいけれど、こういう作品が入っていると物語に厚みが出ますね。

シリーズ続編はドラマとタイトルが同じになっているので、内容も影響されている部分もあるかも?また読んでみたいと思います。

 

2020 ベスト本

毎年紅白をバックに書いている1年の読書振り返り記事ですが、今年はいろいろあって少し早めにUPします。

今年は時間があったわりにはいつもながら本を読んでいません。時間があると、別の趣味の方に時間を使ってしまいます^^;
特に海外物を全然読まなかったなあと。来年は一冊でも多く海外物を読みたいと思います。ベスト10にできるほども読んでいないので、今年は中途半端だけどベスト4までで。

1 狂骨の夢 京極夏彦
ひさびさに復帰した百鬼夜行シリーズ、やっぱりいいなあと。相変わらずの大冊ですが、おなじみの面々が活躍し始めると読むスピードがグッと上がりました。

2 ムシカ鎮虫譜 井上真偽
ぎりぎり今年中に読み終わった作品ですが、大当たりでした。サバイバル的展開も、ミステリーとしてもわくわくさせられました。

3 最後の証人 柚木裕子
ドラマを先に観ていたけれど、小説だけで成立するミスリードが新鮮でした。

4 いけない 道尾秀介
ラストに付いている画像が解決のヒントになっているミステリーがユニークでした。

 

それでは皆様よいお年を。来年はせめてベスト10が出せるくらいには読めますように。

ムシカ 鎮虫譜  井上真偽

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禁足地である笛島に無断で上陸した音大生達が見舞われる災難を描いた、昆虫パニック音楽ミステリーです。こういうふうに書くととんでもない色物のように感じるけど、読み終わった時に感じる感動と清涼感はまるで「蜜蜂と遠雷」のよう。音楽に対する深い愛情が感じられるストーリーは、昆虫に襲われる気持ちの悪さを凌駕します。
タイトルの「ムシカ」は音楽を表す「musica」の他に「虫禍」でしょうか。

私は昆虫は基本大丈夫(G以外)ですが、足が多いのはダメで、その手のシーンは寒気がしました。しかも、名前の漢字に「虫」が入っているのは全部虫扱いでそれらも大量に出現します。足が無いのもダメなんですよね…。

島の虫を鎮めるためには音楽が必要ということで、音大生達は要所要所で音楽を演奏する必要に迫られます。彼らはそれぞれ音楽についての悩みを抱えているのですが、パニックになりながらも必死で演奏する中で克服したり新しい何かを発見したりしていく様子が読み応えがありました。
若い巫女たちと音大生の心の通い合いも清々しかったです。

島に伝わる謎の伝承、手足笛の秘密、不気味な巫女たち…とミステリー的な舞台設定も完璧。 これらが最後に気持ちよくピースが納まるように解決し、読後感も良いです。

ラストのオセサマと呼ばれる島の神様についてのそもそものエピソードには泣かされました。

井上さんの本は「その可能性はすでに考えた」に続き2冊目の読了ですが、だいぶ感じが違うので驚きました。
本作に出てくるフリーピアニストの奏は探偵役を務めていますが、「音楽ミステリーハンター」という肩書きがあるようで、もしかしたらこれはシリーズ物になるのかも知れません。
本作がとても気に入ったので、シリーズが続くならぜひ読みたいです。

クジラアタマの王様  伊坂幸太郎

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久々に読んだ伊坂さんです。
「逆ソクラテス」がミステリベスト10を賑わわせてますが、先に買ってたこちらから読みました。

            
主人公の岸、政治家の池野内、アイドルの小沢ヒジリの3人には、過去に同じ体験をし、同じ夢を見ているという共通項がありました。
3人はある陰謀を巡って共に戦うことになりますが…

キーワードになっているハシビロコウ、瞑想にふけっている哲学者のような不思議な印象の鳥ですよね。伊坂さんはこの鳥でかなり想像力を喚起されたんだろうなと思います。

3人が見た夢の世界が漫画で載っているのがユニークです。伊坂さんは前からこういう企画をやってみたかったのだとか。

この本が発行されたのは2019年の7月末ですが、まだ日本でコロナが大問題になる前なのに、今のパンデミックを予見したような内容になっていて驚きました。
本の中では新型インフルエンザだけど、新型インフルエンザも何年か前猛威を振るいましたね。いくつかの要因を元に組み立てられているのでしょうが、今読むとほんとにタイムリーだと感じます。

夢の中で怪物と戦った勝敗が現実とリンクしているというのは突飛だけど、このコロナ禍の現状も、誰かの夢の結果だったりして…とつい考えました。

もしかしたら自分の知っている誰かが、人類の代表として夢の中で必死で戦ってくれているかも…。

そして見事怪物を討ち果たした時にはコロナも駆逐できると思うと痛快です。

 

夜がどれほど暗くても  中山七里

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政治家や芸能人のゴシップ記事を上げて来た週刊春潮の辣腕副編集長である志賀倫成は、息子がストーカー殺人を犯した上自殺するという事実を突きつけられます。
今までそういった事件を追う側だった志賀は、追われる側となって初めて自分の今までの行動を振り返ります。

 

春潮社のモデルはもちろん文春と新潮でしょう。炎上した春潮48の問題は、新潮45の問題そのままです。
ミステリーと思って読み始めたけれど、出版社の良心を問う一連の内容に多くのページが割かれている事から、中山さんの意図はそこにはない事が分かりました。
なので、犯人特定に繋がる伏線などは一切出てきません。

 

タイトルでだいたいストーリーの流れが見えてしまうけど、半分辺りまで志賀は家庭を失い仕事を失い、世間から糾弾され…とどん底まで落ちる姿が描かれます。 その後は少しずつ光が見える展開に。
被害者の娘である奈々美と加害者家族である志賀が打ち解けていく過程はよく描かれていると感じました。
その過程で志賀に起こることは悲惨としか言いようがないけど、それぐらいの事がないと奈々美が心を許すなんて事はあり得ないだろうから説得力のあるエピソードかも。
8割読んで残りページ数が少ないのに大丈夫?と思ったけど、事件解決は呆気なかったです。まあ、ミステリーじゃないので仕方ないのでしょうか。

 

単行本の表紙は夜(どん底)にいる志賀の姿で、文庫の表紙は夜が明けて光が差し、寄り添う志賀と奈々美の姿という、対になっているのが素敵ですね。

なので上下巻ではありませんが2つの表紙を並べて上げてみました。

 

巻末に西原理恵子さんが解説マンガを寄稿なさってて、新潮社のことや終盤のバタバタ感を西原さんらしい口調で煽っておられたので笑いました。
これを載せるというのも、中山さんに遊び心があるからなんでしょうね。仲良し感も感じられて面白かったです。

 

中山さんの作品は「弁護士御子柴シリーズ」(三上博史さんや要潤さんでドラマ化)の大ファンで、一作目から次が出るのを楽しみにして読み続けています。
他にもいくつか読んでいますが、作品によってタッチがかなり違うので、ある作品を読んで合わないからと読むのをやめてしまうのはもったいないです。
弁護士御子柴シリーズはほんとにおすすめです。

 

 

一億円のさようなら  白石一文

             

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ドラマに合わせて読み始めたけど、けっこうな大冊でドラマが終わるまでに何とか読み終われました←遅読

主人公加能鉄平が、妻の夏代が48億円もの遺産の持ち主であると知った事をきっかけに家族との関係を見直すストーリーで、妻との過去を振り返るシーンが挟まれます。
ジャンルで言えば家族小説という事になるんだろうけど、今まで読んだことがないタイプの小説だったので読み始めはだいぶ戸惑いました。

夏代は大金を実際に持ってみて使い道を考えようと、一億円の現金を鉄平に残しいなくなります。楽しむことをまず一番に考える夏代と、今後の生活設計を考える鉄平、性格の違いが現れてます。
夏代が遺産のことを言わなかったの、分かる気がするんですよね…これだけの大金があると、何をするにもそれが前提になってしまって、普通の生活が送れなくなる気がします。
前半はこれでもかと鉄平を困難が襲い、妻のこと、子供たちのことに加え、会社でも大きな問題がおき、とうとう会社を辞めることになります。ドラマではクビになってたけど、原作では自分から辞めてます。

全てを捨てて単身金沢に引っ越した鉄平は新事業を始めるのですが、それが今までの自分の仕事とはかけ離れた海苔巻き屋だというのが面白いです。でも、経営の才覚がある鉄平はここでも大成功します。
鉄平はかつての同僚や夏代からもう一度福岡に戻ってやり直すことを懇願されるけれど、新事業が軌道に乗っている彼がどんな選択をするのか…というのが後半の読みどころです。

ラストの夏代の驚くべき行動、したたかな女性と言うこともできるけど、遺産の事は忘れて過ごそうとしていた彼女が、最後に愛する人を取り戻すために最もいい遺産の使い方をしたんじゃないかなと思います。鉄平には考えも付かないような大胆な発想と行動力、ラストの鉄平の言葉もうなずけます。

二転三転する見事なストーリー運びだったと思うけど、鉄平の高校時代のエピソードだけはいらなかったんじゃないかと。
いざとなったら驚くべき行動に出ることもある人、というのを補完するためだったのかもですが、これはやり過ぎでは。鉄平にはそぐわないような気がしてなりませんでした。ドラマでは宅磨の名前は出てきたけれど、あっけらかんと話す鉄平に、ああ、このエピソードは変更されている、と思って安心しました。

あと、福岡と金沢という2つの街について、実在の店や地名を挙げながら描かれていて、福岡によく行っていた自分にはリアル感がありました。
出てくる食べ物もそれぞれ美味しそうで、海苔巻き屋のメニューの多さも、地元のチェーン店のお寿司屋でよく買っていた海苔巻きを思い出して食べたくなりました。

原作のエピソードが今後どのようにドラマで描かれるのか楽しみです。

怪奇大作戦ミステリー・ファイル  小林弘利

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BSプレミアムでの再放送を楽しんで観ていて、ノベライズがあるということを知って読んでみました。

元々NHK放送のドラマですが、生理的にぞわぞわ来るようなグロ表現や、原初的な恐怖を誘発するようなモチーフの数々はNHKとは思えないほどです。そこが怪奇大作戦らしいところなのでしょうが。

 

常識では解決できない不可解な犯罪を捜査するSRI(特殊科学捜査研究所)を舞台に、SRIの頭脳牧史郎を中心に、怪奇な事件を科学の力で解明します。

牧は心に闇を抱えていて、それは犯罪への興味が募るあまり、自分が犯罪者に踏み込んでしまう境界線にいるという事です。小説でも同じではあるのですが、小説の牧はもう一つの闇の要因「青い箱」を持っています。

青い箱の中身は牧のモノローグで仄めかされているので予想がつきますが、その中身をどうするかという事も彼を悩ませています。ただ、中身への思いが彼の研究の原動力でもあり、現在の彼を形作っていると言ってもいいかも知れません。

そんな闇落ち寸前の危うい牧が、実際に境界線を踏み越えてしまった科学者や科学を使える人間たちの犯罪に立ち向かいながら、自分の内面とも向き合う、それが見所でもあります。

 

4つの話のうちの2つは、大切な人の病気を治すまたは甦らせたいというのが犯罪の理由で、そのためもの悲しい雰囲気が感じられる作品になっています。

1つはある手段を使って新しい世界を作ろうとする目的。

しかし最後の「深淵を覗く者」は様々なことが曖昧でそれはドラマも同様です。

犯人が様々に繰り出してくる犯罪の手口は牧を魅了し、深淵に引きずり込もうとします。

「怪物と戦う者は、その過程で 自分自身も怪物になることのないよう気をつけなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

とは、ニーチェの言葉。要するにミイラ取りがミイラになることのないようにということなのでしょう。

深淵を覗く牧はどうなるのか、また青い箱に対してどのような選択をするのか…。

「深淵を覗く者」はドラマの4編の中でも屈指の名作とされていますが、科学サスペンスとしてというより、牧の苦悩がよく描かれているからではないかと思っています。

 

牧はコーヒーに砂糖を3つも入れる甘党のコーヒー好きで、高いエスプレッソマシンでコーヒーを入れて味わうシーンがドラマでも小説でも頻繁に出てきます。

陰惨な事件が続く中で、牧のコーヒーのシーンは本人同様ホッと息がつけるシーンです。また、変わり者として有名な牧もSRIの中にはちゃんと居場所があるようで、メンバーとの心温まるやり取りもあります。

 

ドラマ以上にグロいシーンもありますが、牧についてもっとよく分かる内容になっているので、ドラマファン、牧ファンの人には一読の価値ありです。