新 謎解きはディナーのあとで  東川篤哉

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よくぞ帰って来てくれました!と拍手で迎えたくなるこのシリーズ、影山も麗子も風祭警部も変わりなく…影山の毒舌ぶりも健在なら、風祭警部のナルシストぶりも健在。そうそう、風祭警部、国立署に戻って来たんですよ。本庁勤務はやはり無理だったようで。
でも、風祭警部はこのシリーズにはなくてはならないキャラクターなので大歓迎です。

頭の中では翔くんと北川景子ちゃんと椎名桔平さんが活躍しまくってますが、メインキャストにちょっぴりKYな可愛い新人、若宮刑事が仲間入り。風祭警部が鼻高々で披露しようとする推理を先に言おうとしたりして麗子をひやひやさせます。

ドラマでは現場に自ら出向くこともあった影山だけど、原作では完全な安楽椅子探偵で、麗子の話だけで推理を組み立てているのも変わらず。
麗子たちが気づかない点に目を向け、毒舌と共に披露するさすがの推理力だけど、風祭警部も本庁で鍛えられたのか分からないけど、以前よりはなかなかいい線の推理を披露してます。影山もその点は認めている様子。

ミステリー的には、「墜落死体はどこから」は少々突飛な気がしたけれど、他は納得の行く物でした。
「血文字は密室の中」はダイイングメッセージ自体に意味があるように見せて実は、という発想の転換が面白かったです。

またドラマ化されたら楽しめそうです。でもこの本だけじゃ話が足りないからすぐは無理かな…。

復讐の協奏曲  中山七里

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11月に新作が出ていることに気づかず、慌てて読み始めたお気に入りの御子柴シリーズ、遅読の私が3日で読み終わりました。これほど夢中になって読めるシリーズもなかなかないなあと。電子書籍なので読んだパーセンテージが出るのですが、「え、もう80%?」と読み終わるのが残念でした。

冷徹で有能な御子柴弁護士は、中学生の時に犯した重大事件を背負って生きています。それが彼が弁護を請け負う事件にも関わって来ることも多いのですが、今回もそうです。
ブログを通じて扇動された者たちからの御子柴への大量の懲戒請求と、事務所のたった一人の事務員の洋子にかけられた殺人容疑、御子柴襲撃事件、と複数の事件が積み重なってきます。

今まで前に出ることがなかった日下部洋子がクローズアップされたのは意外でした。確かに、御子柴の犯罪歴を知っている洋子がそれでもなぜ御子柴の元にいるのかというのは不思議に思っていました。
でも実は洋子の正体はプロローグで分かってしまうのですが、それでも彼女の人生や思いが気になって読み進めてしまいます。

今回はクスッとさせられるシーンもいくつかありました。
老獪な元弁護士会会長の谷崎を「腹の黒いタヌキ爺」と心の中で思いながら年季の違いで敵わない様子、谷崎から洋子の代役として紹介された宝来弁護士とのやり取り、そして何と言っても御子柴のウィークポイントの倫子。
倫子ももう11才とは大きくなったものです。御子柴をやり込めるこまっしゃくれた物言いが微笑ましく、御子柴がペースを乱される様子が楽しいです。
シリーズが進むごとにだんだんと御子柴の人間らしい側面が見えて来るようになりましたが、倫子といる時にそれが最も表出するように思います。

洋子の事件の物証であるナイフの指紋トリック、なるほど、でした。注意深く読めば犯人を推理できそうですが、私は気づかなかったのが残念。
今までのような度肝を抜かれる展開はないものの、物証を用意しての鮮やかな弁舌には、洋子同様安定の信頼感が。
このシリーズに惹かれるのは、法廷物としての読み応え、そして何よりも御子柴という人間に魅力を否応なく感じさせられてしまうという事です。

それにしても最も御子柴と一緒にいる洋子、やはり御子柴の側面も目にしているのだなあと。それを面と向かって言われた御子柴、これからウィークポイントが2人に増えそうですね。

いや~本作も面白かった!早くも次作が待ち遠しいです。前のシリーズも久し振りに読み直したいです。

影裏  監督 大友啓史

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印象的な映画を観たので、ひさびさに映画感想記事です。
タイトルは「影裏(えいり)」タイトルだけ見ても、不穏な雰囲気を感じるだけで内容は推察できません。
主演は綾野剛さんと松田龍平さんのW主演。

盛岡に転勤した今野(綾野さん)は、同い年の同僚日浅(松田さん)に出会います。
慣れない土地で親しく接してくれる日浅に、心を開いていく今野。
二人を親密にする物事として、日浅の趣味である釣りがあります。素人の今野に初歩から教える様子は微笑ましいです。
釣りのシーンは様々なシチュエーションで何度も出てきて、風景がとても美しく、ブラッド・ピットの映画リバーランズ・スルーイットを彷彿とさせます。

日浅はつかみどころのない人物で、突然いなくなったり現れたりして今野は振り回されます。そんな中でゲイの今野はだんだんと日浅に心惹かれ、部屋に来た日に迫ったりもするのですが、日浅にかわされます。でも日浅は帰らず他の部屋に泊まって行くので、今野を拒絶しているわけではないようです。

ここからネタバレです。

 

 

 

 

 

 

ある日釣りに出かけた2人は気まずくなりその後会わないまま東日本大震災がおきます。
被災地に出かけていた日浅は行方不明になります。
日浅を探す今野は父親と兄に会いますが、そこで日浅が経歴を詐称していたことを知り、家族も日浅のことをよく知らないことに気づきます。
2人とも捜索願を出すのは拒みますがなぜか日浅が生きていると思っていました。

喪失感に苛まれる今野は、ある日届いた日浅に頼まれた書類に彼の自筆があるのを見て涙します。
ラストシーンで新しい恋人と釣りをする今野。日浅に教えられた技術で他の人に教えられるまでになっています。

日浅の言葉「人を見る時はその裏側、影の一番濃いところを見んだよ」を体現するように、日浅の表面に見えているものでは彼を知ることはできず、彼について調べてもほの暗い秘密が何となく感じられるだけ、という不思議な映画でした。
日浅を綾野さんが演じてもハマったのではないかと感じました。
釣りのシーンの美しさが、不穏な雰囲気とバランスをとってくれていて良かったです。

中村倫也さんが今野の昔の恋人役で出演していて、性転換手術を受けた設定で女装しています。舞台で女性役で出演されていただけあって、堂に入っています。線が細い方なのでお似合いですね。

逆ソクラテス  伊坂幸太郎

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伊坂さんには珍しい、小学生の群像劇の連作短編集です。
学生に付き物の悩みを取り上げながら、思いもよらない方法で伊坂さんらしく解決していくのが胸がすく思いです。

タイトル作の「逆ソクラテス」一番好きな話です。
担任教師の態度によってクラスで低位に置かれた草壁に自信を持たせ、担任や周りの見る目を変えるための作戦は思わぬ効果を生みます。
野球繋がりもあって、伊坂さんの「ポテチ」を思い出しました。爽快感も共通しています。

次に好きなのは「アンスポーツマンライク」
バスケットボールのチームメンバーの5人が、試合以外の場で文字通りの連携プレーを決める、これもスカッとする話です。
ラストの「逆ワシントン」に出てくる後日談は、「逆ソクラテス」同様の気持ちの良さと胸に来る感慨があります。

このミスでは脅威に対抗する物語と書かれていたけど、そういう側面もあるにはあるけど、それだけでまとめられてしまうのはもったいないです。
小学生の頃にしかない空気感を再現する筆力、よく子供が主人公の物語を書かれる道尾さんとはまた雰囲気が違うけれど(道尾さんの方がよりノスタルジックな感じ)さすがだと感じました。
子供時代に戻りたいとは全く思わないけれど、たしかにキラキラした瞬間はあったはずで、「スロウではない」にもあったように「あの頃にはもはや戻れないのだ」という郷愁、それが大人になってしまった自分の心の奥底を刺激してきます。
でもその一方で、大人になったかつての子供たちの活躍も描いてくれるのが伊坂さんらしいです。

ゴッド・ファーザーに出てくるやり取り、トランスフォーマーなど、伊坂さんのお好きなモチーフが用いられているのが楽しく、効果的に使われているのも良かったです。

赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。 青柳碧人

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初の青柳さんです。名前の読み方も「あいと」だと初めて知りました。
童話シリーズ、海外版と日本版どちらにしようか迷って、評判のいいこちらにしました。

童話ってけっこう残酷だったり暗かったりするんだけど、そういうブラックな面をミステリーとして生かした面白さがあります。

童話のメインの登場人物が性格悪かったり犯罪者だったり。ヘンゼルとグレーテルのヘンゼルや、マッチ売りの少女とか最悪です。

でも、童話の設定をちゃんとトリックに生かしているのが良かったです。
シンデレラを元にした「ガラスの靴の共犯者」が一番好みの話でした。本来の話で、ガラスの靴だけ魔法がとけないことを、子供心に疑問に思ったものでしたが、ガラスの靴だけ魔法がとける時間が違う設定にして、それをトリックにつなげているのはさすがでした。

ヘンゼルとグレーテルを元にした「甘い密室の崩壊」は、子供の憧れお菓子の家を使った密室トリックです。魔法が使える世界ならではのトリックでした。
お菓子の家は誰でも一度は食べてみたいと思うでしょうが、継母の「野ざらしのチョコレートなんて食べられるもんかい」の一言に「それが現実だよね…」と思わされます。

 「眠れる森の秘密たち」は眠れる森の美女のオーロラ姫消失事件。トリックだけでなく、オーロラ姫に関わる人物の出生の秘密も絡めた盛りだくさんの内容です。

「少女よ、野望のマッチを灯せ」マッチ売りの少女に希望の夢を見せてくれたマッチがここではとんでもないことに。

童話の中の登場人物にもさまざまな厳しい現実があり、それを見据えて生きている探偵役の赤ずきんにリアリティを感じたのでした。

不祥事 池井戸潤

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東京第一銀行の事務部臨店という、支店の問題を調査し指導する部署にいる相馬健と花咲舞のコンビが、問題を痛快に解決する連作短編集です。
半沢直樹の登場する作品を読んでいないので、私にとって初の銀行物の池井戸作品です。ドラマを先に見ていたのですんなりこの世界に入れました。

舞はやり手の元花形テラー(窓口係)で、その頃の知識を生かし、相馬の助けも借りながら、歯に衣着せぬ物言いで、支店長だろうがお偉方だろうが気にせずグイグイと真実に迫って行きます。
暴走する舞に辟易している相馬は、舞のことを「狂咲」というあだ名で呼んでいるのはドラマと違うところです。しかし相馬も舞に影響され、いつの間にか協力させられているのはドラマと同じです。

このシリーズの魅力は、舞が水戸黄門のように悪事を暴き、それに関わった人間に事実を突きつけるところですが、一介の女子行員である彼女にあるのは印籠ではなく、見識と証拠です。

職場での問題に困っている人は、舞のように堂々と物が言えたら…と羨ましく思うのでは。

短編のせいか遊びが少なく、ドラマにあった相馬と舞の美味しい店巡りや、舞の家の小料理屋に集うシーンも出てこないのが残念です。

企画部調査役の児玉が主人公になっている話の「彼岸花」は他と趣の違う一編で心に残りました。相馬が出てこないためかドラマ化はされていません。舞は思わぬ所で顔を出します。
相馬は出てきてほしいけれど、こういう作品が入っていると物語に厚みが出ますね。

シリーズ続編はドラマとタイトルが同じになっているので、内容も影響されている部分もあるかも?また読んでみたいと思います。

 

2020 ベスト本

毎年紅白をバックに書いている1年の読書振り返り記事ですが、今年はいろいろあって少し早めにUPします。

今年は時間があったわりにはいつもながら本を読んでいません。時間があると、別の趣味の方に時間を使ってしまいます^^;
特に海外物を全然読まなかったなあと。来年は一冊でも多く海外物を読みたいと思います。ベスト10にできるほども読んでいないので、今年は中途半端だけどベスト4までで。

1 狂骨の夢 京極夏彦
ひさびさに復帰した百鬼夜行シリーズ、やっぱりいいなあと。相変わらずの大冊ですが、おなじみの面々が活躍し始めると読むスピードがグッと上がりました。

2 ムシカ鎮虫譜 井上真偽
ぎりぎり今年中に読み終わった作品ですが、大当たりでした。サバイバル的展開も、ミステリーとしてもわくわくさせられました。

3 最後の証人 柚木裕子
ドラマを先に観ていたけれど、小説だけで成立するミスリードが新鮮でした。

4 いけない 道尾秀介
ラストに付いている画像が解決のヒントになっているミステリーがユニークでした。

 

それでは皆様よいお年を。来年はせめてベスト10が出せるくらいには読めますように。