化物園 恒川光太郎

              

ケシヨウという人を襲って食べる怪物が、現代や、過去の日本や海外、異世界など様々な場所に出没し、それと戦いまたは共存する人々を描いた作品です。


初めのうちはただ恐ろしいだけだったケシヨウが、別の話では人々を支え助ける事もあります。


ある話では不幸になるばかりだった主人公も、別の話では不幸な人生を経てはいても、最終的に幸せとまでは行かなくても生き延びて自分なりの生き方を見つける事もあり、どうなるかは最後まで読んでみなくては分かりません。

 

このうち、「猫どろぼう猫」のみ「猫ミス!」で既読でした。


特に印象的だったのはラスト2編の「日陰の鳥」と「音楽の子供たち」です。


前者は、過去の遠い国で不思議な力をもつ子供たちがケシヨウに集められ、高い土地で共に暮らします。

それなりに平和に暮らしていた彼らですがそのうちに政変が起き、それぞれがある決意を迫られます。


後者は、音楽の才能を持つ子供たちが外界と完全に隔離された場所で謎の存在に音楽を聴かせる事で生活します。

「術理」と呼ばれる魔法で閉ざされた箱を少しずつ開けて行く事で新しい物を手に入れたり世界が開けて行ったりする様子は、ブラッドベリの短編(萩尾望都さんも漫画化されてた)「びっくり箱」を彷彿とさせます。


だんだんとグレードアップする異世界度が実に恒川さんらしく、初めの方の作品が「ケシヨウが出現するだけの作品」になっているのも恒川さんの仕掛けだったのだなあと思わされました。


久しぶりに読んだ恒川さんでしたが、その世界観を堪能する事ができて大満足です。

黒牢城 米澤穂信

                                       

黒田官兵衛はリアタイしていた大河ドラマ軍師官兵衛」でなじみのある武将です。

だから、その時のキャスト官兵衛が岡田准一くん、荒木村重田中哲司さんで思い浮かんだのは当然と言えるでしょう。


最初、長編だと思い込んでいたのですが、思いがけず謎が早めに解けそうな展開に、連作短編集だと気付きました。

歴史ミステリーと言っても、歴史上の謎を解明するのではなく、設定を戦国時代に置いた歴史舞台ミステリーです。


荒木村重と言えば、家族と家臣を置き去りにして城から出奔した事で有名ですが、この物語の村重は、終盤近くなるまで臣の信頼厚く、魅力的な武将として描かれています。頭の回転も鈍くはないのですが、あと一歩の所で事件の核心をつく事ができません。


謎を検分し、8割方突き詰めて行くのは村重ですが最後にちらと顔を出して重要なヒントを授けるのが官兵衛です。

と言ってもまるで判じ物のようなヒントでこれを解釈する力がないと官兵衛の意図するところは分かりません。

安楽椅子探偵と言っていいのか…全然安楽でない土牢に押し込められている官兵衛ですが。


謎自体も消え去った矢の謎や、敵の首実検についての謎など、戦国にふさわしい内容です。

ストーリーが進む中で、首実検と褒賞の関わりなど歴史上の豆知識が身につくのも歴史好きには心惹かれるところです。


しかし、徐々に村重が家臣の信頼を失いかけて来た頃、全ての事件の繋がりが明らかになるとともに、官兵衛の村重に向ける私怨と大きな企みには衝撃を受けます。

また、全ての事件に関わっていたある人物の、生き地獄と言ってもいい経験にも胸打たれます。その経験こそが事件の引き金になっているのです。

 

ただ歴史を背景にしただけのミステリーではないと分かり、連作短編集として割に気軽に読み進めて来たのですが、重すぎる展開が待ち受けていて、主要人物が生き延びる事を知っていても胸が痛みます。


最後の一行まで読み応えのあるミステリーでした。

THE やんごとなき雑談 中村倫也

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ダ・ヴィンチでのエッセイ連載をまとめた物です。ダ・ヴィンチでずっと読んでいたけれど、今回新エッセイ&料理の「やんごとなき雑炊」の連載が始まったので、これを機会に読み直してみることに。

中村さんは何をさせても器用な人で、料理、文章、絵、歌、喋り、DIYと、本職以外にも山のようにできる事をお持ちなのです。

 

でも、ご本人も初の連載という事で幾分肩に力が入っていたようで、最初の頃のエッセイは、よく対談などで話されている、売れなかった鬱屈した時代について絞り出すように書かれていて、雑談にしては少々重い。

 

でもそのうち力が抜けて来たのか、家族のいい話が入って来ます。お父さんにプレゼントを買う話が好きです。

中村さんの仕事が順調な事について、お父さんから逆にお礼を言われるのとかほのぼの心温まります。

 

やがて、本当に雑談ぽくなってきて、彼の大好きな生き物についての話も入り始めます。ただ可愛いってだけじゃない、学術的な興味もふまえた生き物との接し方が、私の生き物への興味の持ち方とよく似ていて親近感を持ちます。

猫が飼いたくて仕方がなくなる「ねこ病」は、学術的な興味とは違うけどよく分かるなあ。中村さんは「いぬ病」や他の生き物のことも回ってくるみたいだけど、私は定期的にねこ病を繰り返しております。

 

そのうち、日常や友人の菅田将暉君のことなども書かれ始め、すっかりエッセイらしくなったあたりで終了。

 

文章の上手い人は、まず言葉選びが上手い。彼のエッセイを読んでいるとそう思います。

「田園風景が好きだ。眺めていると、ゆっくりと、ささやかに時間が過ぎていく心地がする」

「ゆっくりと」は誰でも出る言葉だと思うけれど、ここで「ささやかに」はなかなか出てこないと思うのです。こういう言葉が使えること、いいなあと思いました。

 

次の「やんごとなき雑炊」も楽しませて頂いています。

          

 

 

100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集  福井県立図書館

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図書館でのレファレンス(利用者からの情報を元に本を探す)業務の中で、司書さんが出会った面白い「題名の覚え違い」をまとめた本です。

覚え違い自体の面白さもさることながら、作者の方のさりげないツッコミがまたユニークです。

 

タイトルの「100万回死んだねこ」はもちろん正しくは「100万回生きたねこ」ですが、間違いではないような気もするし、きっととても多い覚え違いでしょうね。

「ワニの影がチラつく」と書かれているのも笑えます><

 

個人的に気に入ったのが…

村上春樹の「そば屋再襲撃」

作者名が分かっているので、探すのには困らないものの、作者の方も書かれているように、村上さんの登場人物はそば屋は襲いそうにありません^^;正しくはパン屋です。

 

伊坂幸太郎の「あと全部ホリデイ」

タイトルの雰囲気だけで言ってしまったものと思われますが、「残り全部バケーション」です。「頭の中で松浦亜弥が歌って踊ってます」と書かれてて、自分の頭の中でもしばらく歌って踊って困りました。

 

「国士館殺人事件」

「こくしかん」と言われて多くの人が思い浮かべるのがこちらでしょう。たぶん紙に書いて渡されたものだと思われます。でも、実在する大学を舞台にしているのは少々問題があるような…。正しくは「黒死館」です。

 

タイトルの覚え違いだけでなく、レファレンスや司書のお仕事についても書かれていて、楽しめるだけでなく、ためにもなります。

検索での本の見つけ方のコツもあって、図書館を多く利用する方には役に立ちそうです。

正体 染井為人

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一家三人殺害で少年死刑囚の鏑木慶一は、脱獄して世間を騒がす。本人は名前と顔を変えながら日本中を転々とする。様々な職に就きそこで出会った人々を助け、癒していく。

彼は実際に事件を起こしたのか?そしてこれから何をしようとしているのか?

 

wowowで亀梨君主演でドラマ化され、3月から放送開始。

終わりの方にネタバレありますので、未読の方はご注意を。

 

鏑木を亀ちゃんが演じている事から、「妖怪人間ベム」を連想しました。ベムも正体を隠して行く先々で出会った人間を救います。正体がばれるとまた別の町へ。

ベムたちは、あれだけ人間たちに忌み嫌われながら、出会った人々への温かい視線を忘れません。鏑木もそれは同じ。そして困った人々に積極的に手を差し伸べ行動します。

 

妖怪人間ベムでも、彼の正体を知っても味方になってくれるわずかな人間がいて、それが彼の支えになってくれますが、鏑木に助けられた人々の一部も彼の優しさに触れ、正体を知っても思いを変えずにいてくれます。

 

鏑木という人物がとても魅力的に描かれ、各章のエピソードも心温まるものです。

否応なしに読む側も鏑木に惹かれていきます。

しかし、生田斗真瑛太共演の映画「友罪」(原作 薬丸岳 読了)もそうでした。瑛太の演じる鈴木はとても「いい奴」で益田の親友になるのですが、実は彼はかつて世間を震撼させた少年犯罪者でした。こちらは実際に犯罪を犯していて、過去の犯罪の更生と現在との関わりが焦点となるのですが、「正体」は事実は終盤まで明らかにされません。

でも、間違いなく一部の登場人物と多くの読者を味方につけながら物語は進んでいきます。

ここからネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

 

作者の染井さんがあとがきで鏑木を死なせた事を謝っておられますが、冤罪の悲惨さを世に知らしめるためだとしても、そのために鏑木がスケープゴートにされた気がしてならないのです。

鏑木は常に自分よりも他人の事を思って行動していて、そんな美しい彼の心が報われてほしかった!と心から思いました。もちろん、世の中そんな綺麗ごとばかりではないでしょう。でも鏑木には生きていてほしかったです。しかも、警察が失態を隠すために彼を殺したとしたら、あまりにも彼の運命は過酷ではありませんか。

ずっと温かい気持ちで読んできただけに、ここだけは残念でした。

ドラマではぜひ、鏑木が助かる方向に変更されている事を願っています。

 

でも、弁護士の渡辺が中心となって、鏑木に助けられた人々が彼の冤罪を晴らそうと尽力し、実現したラストにはホッとしました。ここで助けられたメンバーに弁護士がいる事が生きてくるのですね。

 

初読みの作家さんでしたが、一つ一つのエピソードが読み応えがあり人間もよく描けていて他の作品もまた読んでみたいと思いました。

 

 

 

2021 ベスト本

あけましておめでとうございます。

もう、読書数について嘆くのは終わりにして、読めない自分を受け入れようと思っています。まだほそぼそと記事を上げているだけでもまあいいか、と。

 

さて、2021年のベスト5ですが、

1 兇人邸の殺人  今村昌弘

ミステリとしても、エンタメとしてのサービス精神も文句なしの一冊です。

 

2 逆ソクラテス  伊坂幸太郎

子供が主人公であることが最大限に生かされた、やはり伊坂さんらしい気持ちの良い連作短編集です。

 

3 N  道尾秀介

どの作品も読み応えがあり、しかもどれから読んでも上手く繋がるように書かれているというのが驚きです。

 

4 息吹  テッド・チャン

自分には読みにくい作品も多かったけれど、こんな発想ができるだけでもすごいと思いました。「商人と錬金術師の門」だけでもう大満足です。

 

5 復讐の協奏曲  中山七里

大好きな御子柴シリーズ、今回は今までのような度肝を抜かれる展開がないのが物足りないものの、法廷シーンの鮮やかさはお見事という他はありません。

 

今回はいつも読んでいるメインの作家さんが多く入りました。

それでは今年もよろしくお願いいたします^^

 

 

 

 

N 道尾秀介

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タイトルを見て、すぐに連想したのがドラマ「Nのために」でも本作のNは頭文字ではなくて、自然数の「n」Nの数だけ人生がある、という意味だそうです。

連作短編6作の冒頭1ページだけを巻頭に載せ、どれから読んでも良いという作者のナビがあります。

私は電子書籍だったけど、紙の本は作ごとに天地を逆にしているらしいです。凝った体裁の本だけど、物語はそれほど奇をてらったストーリーではないです。でも、他の短編で共通の登場人物の思わぬ秘密や謎が分かるなど、伊坂さんを彷彿とさせるような構成になっています。

 

私は「笑わない少女の死」「名のない毒液と花」「飛べない雄蜂の嘘」「眠らない刑事と犬」「落ちない魔球と鳥」「消えない硝子の星」の順に読みました。

 

後味の悪い話もあるけど、ペット探偵江添はなかなか印象的なキャラだったので、シリーズ物になると面白そうです。

 

確かにどれから読んでも良いと思うけど、吉岡と犬のくだりについては、先に事故のシーンを読んでいた方が良いと思ったし、「消えない硝子の星」のラストシーンの美しさは、本の最後を締めくくるのにぴったりだと感じました。

 

伊坂さんのような構成と書いたけれど、光や蝶、鳥など道尾さんらしいモチーフが散りばめられ、ファンも納得のできだと思います。