逆ソクラテス  伊坂幸太郎

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伊坂さんには珍しい、小学生の群像劇の連作短編集です。
学生に付き物の悩みを取り上げながら、思いもよらない方法で伊坂さんらしく解決していくのが胸がすく思いです。

タイトル作の「逆ソクラテス」一番好きな話です。
担任教師の態度によってクラスで低位に置かれた草壁に自信を持たせ、担任や周りの見る目を変えるための作戦は思わぬ効果を生みます。
野球繋がりもあって、伊坂さんの「ポテチ」を思い出しました。爽快感も共通しています。

次に好きなのは「アンスポーツマンライク」
バスケットボールのチームメンバーの5人が、試合以外の場で文字通りの連携プレーを決める、これもスカッとする話です。
ラストの「逆ワシントン」に出てくる後日談は、「逆ソクラテス」同様の気持ちの良さと胸に来る感慨があります。

このミスでは脅威に対抗する物語と書かれていたけど、そういう側面もあるにはあるけど、それだけでまとめられてしまうのはもったいないです。
小学生の頃にしかない空気感を再現する筆力、よく子供が主人公の物語を書かれる道尾さんとはまた雰囲気が違うけれど(道尾さんの方がよりノスタルジックな感じ)さすがだと感じました。
子供時代に戻りたいとは全く思わないけれど、たしかにキラキラした瞬間はあったはずで、「スロウではない」にもあったように「あの頃にはもはや戻れないのだ」という郷愁、それが大人になってしまった自分の心の奥底を刺激してきます。
でもその一方で、大人になったかつての子供たちの活躍も描いてくれるのが伊坂さんらしいです。

ゴッド・ファーザーに出てくるやり取り、トランスフォーマーなど、伊坂さんのお好きなモチーフが用いられているのが楽しく、効果的に使われているのも良かったです。

赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。 青柳碧人

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初の青柳さんです。名前の読み方も「あいと」だと初めて知りました。
童話シリーズ、海外版と日本版どちらにしようか迷って、評判のいいこちらにしました。

童話ってけっこう残酷だったり暗かったりするんだけど、そういうブラックな面をミステリーとして生かした面白さがあります。

童話のメインの登場人物が性格悪かったり犯罪者だったり。ヘンゼルとグレーテルのヘンゼルや、マッチ売りの少女とか最悪です。

でも、童話の設定をちゃんとトリックに生かしているのが良かったです。
シンデレラを元にした「ガラスの靴の共犯者」が一番好みの話でした。本来の話で、ガラスの靴だけ魔法がとけないことを、子供心に疑問に思ったものでしたが、ガラスの靴だけ魔法がとける時間が違う設定にして、それをトリックにつなげているのはさすがでした。

ヘンゼルとグレーテルを元にした「甘い密室の崩壊」は、子供の憧れお菓子の家を使った密室トリックです。魔法が使える世界ならではのトリックでした。
お菓子の家は誰でも一度は食べてみたいと思うでしょうが、継母の「野ざらしのチョコレートなんて食べられるもんかい」の一言に「それが現実だよね…」と思わされます。

 「眠れる森の秘密たち」は眠れる森の美女のオーロラ姫消失事件。トリックだけでなく、オーロラ姫に関わる人物の出生の秘密も絡めた盛りだくさんの内容です。

「少女よ、野望のマッチを灯せ」マッチ売りの少女に希望の夢を見せてくれたマッチがここではとんでもないことに。

童話の中の登場人物にもさまざまな厳しい現実があり、それを見据えて生きている探偵役の赤ずきんにリアリティを感じたのでした。

不祥事 池井戸潤

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東京第一銀行の事務部臨店という、支店の問題を調査し指導する部署にいる相馬健と花咲舞のコンビが、問題を痛快に解決する連作短編集です。
半沢直樹の登場する作品を読んでいないので、私にとって初の銀行物の池井戸作品です。ドラマを先に見ていたのですんなりこの世界に入れました。

舞はやり手の元花形テラー(窓口係)で、その頃の知識を生かし、相馬の助けも借りながら、歯に衣着せぬ物言いで、支店長だろうがお偉方だろうが気にせずグイグイと真実に迫って行きます。
暴走する舞に辟易している相馬は、舞のことを「狂咲」というあだ名で呼んでいるのはドラマと違うところです。しかし相馬も舞に影響され、いつの間にか協力させられているのはドラマと同じです。

このシリーズの魅力は、舞が水戸黄門のように悪事を暴き、それに関わった人間に事実を突きつけるところですが、一介の女子行員である彼女にあるのは印籠ではなく、見識と証拠です。

職場での問題に困っている人は、舞のように堂々と物が言えたら…と羨ましく思うのでは。

短編のせいか遊びが少なく、ドラマにあった相馬と舞の美味しい店巡りや、舞の家の小料理屋に集うシーンも出てこないのが残念です。

企画部調査役の児玉が主人公になっている話の「彼岸花」は他と趣の違う一編で心に残りました。相馬が出てこないためかドラマ化はされていません。舞は思わぬ所で顔を出します。
相馬は出てきてほしいけれど、こういう作品が入っていると物語に厚みが出ますね。

シリーズ続編はドラマとタイトルが同じになっているので、内容も影響されている部分もあるかも?また読んでみたいと思います。

 

2020 ベスト本

毎年紅白をバックに書いている1年の読書振り返り記事ですが、今年はいろいろあって少し早めにUPします。

今年は時間があったわりにはいつもながら本を読んでいません。時間があると、別の趣味の方に時間を使ってしまいます^^;
特に海外物を全然読まなかったなあと。来年は一冊でも多く海外物を読みたいと思います。ベスト10にできるほども読んでいないので、今年は中途半端だけどベスト4までで。

1 狂骨の夢 京極夏彦
ひさびさに復帰した百鬼夜行シリーズ、やっぱりいいなあと。相変わらずの大冊ですが、おなじみの面々が活躍し始めると読むスピードがグッと上がりました。

2 ムシカ鎮虫譜 井上真偽
ぎりぎり今年中に読み終わった作品ですが、大当たりでした。サバイバル的展開も、ミステリーとしてもわくわくさせられました。

3 最後の証人 柚木裕子
ドラマを先に観ていたけれど、小説だけで成立するミスリードが新鮮でした。

4 いけない 道尾秀介
ラストに付いている画像が解決のヒントになっているミステリーがユニークでした。

 

それでは皆様よいお年を。来年はせめてベスト10が出せるくらいには読めますように。

ムシカ 鎮虫譜  井上真偽

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禁足地である笛島に無断で上陸した音大生達が見舞われる災難を描いた、昆虫パニック音楽ミステリーです。こういうふうに書くととんでもない色物のように感じるけど、読み終わった時に感じる感動と清涼感はまるで「蜜蜂と遠雷」のよう。音楽に対する深い愛情が感じられるストーリーは、昆虫に襲われる気持ちの悪さを凌駕します。
タイトルの「ムシカ」は音楽を表す「musica」の他に「虫禍」でしょうか。

私は昆虫は基本大丈夫(G以外)ですが、足が多いのはダメで、その手のシーンは寒気がしました。しかも、名前の漢字に「虫」が入っているのは全部虫扱いでそれらも大量に出現します。足が無いのもダメなんですよね…。

島の虫を鎮めるためには音楽が必要ということで、音大生達は要所要所で音楽を演奏する必要に迫られます。彼らはそれぞれ音楽についての悩みを抱えているのですが、パニックになりながらも必死で演奏する中で克服したり新しい何かを発見したりしていく様子が読み応えがありました。
若い巫女たちと音大生の心の通い合いも清々しかったです。

島に伝わる謎の伝承、手足笛の秘密、不気味な巫女たち…とミステリー的な舞台設定も完璧。 これらが最後に気持ちよくピースが納まるように解決し、読後感も良いです。

ラストのオセサマと呼ばれる島の神様についてのそもそものエピソードには泣かされました。

井上さんの本は「その可能性はすでに考えた」に続き2冊目の読了ですが、だいぶ感じが違うので驚きました。
本作に出てくるフリーピアニストの奏は探偵役を務めていますが、「音楽ミステリーハンター」という肩書きがあるようで、もしかしたらこれはシリーズ物になるのかも知れません。
本作がとても気に入ったので、シリーズが続くならぜひ読みたいです。

クジラアタマの王様  伊坂幸太郎

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久々に読んだ伊坂さんです。
「逆ソクラテス」がミステリベスト10を賑わわせてますが、先に買ってたこちらから読みました。

            
主人公の岸、政治家の池野内、アイドルの小沢ヒジリの3人には、過去に同じ体験をし、同じ夢を見ているという共通項がありました。
3人はある陰謀を巡って共に戦うことになりますが…

キーワードになっているハシビロコウ、瞑想にふけっている哲学者のような不思議な印象の鳥ですよね。伊坂さんはこの鳥でかなり想像力を喚起されたんだろうなと思います。

3人が見た夢の世界が漫画で載っているのがユニークです。伊坂さんは前からこういう企画をやってみたかったのだとか。

この本が発行されたのは2019年の7月末ですが、まだ日本でコロナが大問題になる前なのに、今のパンデミックを予見したような内容になっていて驚きました。
本の中では新型インフルエンザだけど、新型インフルエンザも何年か前猛威を振るいましたね。いくつかの要因を元に組み立てられているのでしょうが、今読むとほんとにタイムリーだと感じます。

夢の中で怪物と戦った勝敗が現実とリンクしているというのは突飛だけど、このコロナ禍の現状も、誰かの夢の結果だったりして…とつい考えました。

もしかしたら自分の知っている誰かが、人類の代表として夢の中で必死で戦ってくれているかも…。

そして見事怪物を討ち果たした時にはコロナも駆逐できると思うと痛快です。

 

夜がどれほど暗くても  中山七里

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政治家や芸能人のゴシップ記事を上げて来た週刊春潮の辣腕副編集長である志賀倫成は、息子がストーカー殺人を犯した上自殺するという事実を突きつけられます。
今までそういった事件を追う側だった志賀は、追われる側となって初めて自分の今までの行動を振り返ります。

 

春潮社のモデルはもちろん文春と新潮でしょう。炎上した春潮48の問題は、新潮45の問題そのままです。
ミステリーと思って読み始めたけれど、出版社の良心を問う一連の内容に多くのページが割かれている事から、中山さんの意図はそこにはない事が分かりました。
なので、犯人特定に繋がる伏線などは一切出てきません。

 

タイトルでだいたいストーリーの流れが見えてしまうけど、半分辺りまで志賀は家庭を失い仕事を失い、世間から糾弾され…とどん底まで落ちる姿が描かれます。 その後は少しずつ光が見える展開に。
被害者の娘である奈々美と加害者家族である志賀が打ち解けていく過程はよく描かれていると感じました。
その過程で志賀に起こることは悲惨としか言いようがないけど、それぐらいの事がないと奈々美が心を許すなんて事はあり得ないだろうから説得力のあるエピソードかも。
8割読んで残りページ数が少ないのに大丈夫?と思ったけど、事件解決は呆気なかったです。まあ、ミステリーじゃないので仕方ないのでしょうか。

 

単行本の表紙は夜(どん底)にいる志賀の姿で、文庫の表紙は夜が明けて光が差し、寄り添う志賀と奈々美の姿という、対になっているのが素敵ですね。

なので上下巻ではありませんが2つの表紙を並べて上げてみました。

 

巻末に西原理恵子さんが解説マンガを寄稿なさってて、新潮社のことや終盤のバタバタ感を西原さんらしい口調で煽っておられたので笑いました。
これを載せるというのも、中山さんに遊び心があるからなんでしょうね。仲良し感も感じられて面白かったです。

 

中山さんの作品は「弁護士御子柴シリーズ」(三上博史さんや要潤さんでドラマ化)の大ファンで、一作目から次が出るのを楽しみにして読み続けています。
他にもいくつか読んでいますが、作品によってタッチがかなり違うので、ある作品を読んで合わないからと読むのをやめてしまうのはもったいないです。
弁護士御子柴シリーズはほんとにおすすめです。