N 道尾秀介
タイトルを見て、すぐに連想したのがドラマ「Nのために」でも本作のNは頭文字ではなくて、自然数の「n」Nの数だけ人生がある、という意味だそうです。
連作短編6作の冒頭1ページだけを巻頭に載せ、どれから読んでも良いという作者のナビがあります。
私は電子書籍だったけど、紙の本は作ごとに天地を逆にしているらしいです。凝った体裁の本だけど、物語はそれほど奇をてらったストーリーではないです。でも、他の短編で共通の登場人物の思わぬ秘密や謎が分かるなど、伊坂さんを彷彿とさせるような構成になっています。
私は「笑わない少女の死」「名のない毒液と花」「飛べない雄蜂の嘘」「眠らない刑事と犬」「落ちない魔球と鳥」「消えない硝子の星」の順に読みました。
後味の悪い話もあるけど、ペット探偵江添はなかなか印象的なキャラだったので、シリーズ物になると面白そうです。
確かにどれから読んでも良いと思うけど、吉岡と犬のくだりについては、先に事故のシーンを読んでいた方が良いと思ったし、「消えない硝子の星」のラストシーンの美しさは、本の最後を締めくくるのにぴったりだと感じました。
伊坂さんのような構成と書いたけれど、光や蝶、鳥など道尾さんらしいモチーフが散りばめられ、ファンも納得のできだと思います。
兇人邸の殺人 今村昌弘
剣崎比留子と葉村譲のシリーズ三作目。
これは面白かった!一作目の屍人荘に匹敵する意外な展開でした。
今までの事件の背景で糸を引いていた班目機関が過去に行っていた研究を知った二人と、研究資料と研究成果を手に入れたい成島、彼に雇われた傭兵たちは兇人邸と呼ばれる館を訪れます。しかし、驚異的な力を持つ謎の巨人の存在のために脱出できなくなります。そのうちに殺人事件が…。巨人に殺されたのか、それとも仲間の誰かに?
このシリーズはクローズドサークルの舞台がお約束ですが、今回もあり得ない設定自体がクローズドサークルとトリックに生かされている発想に驚かされます。
最初に兇人邸の見取り図が載っているけれど、方向音痴の私にはトリックと密接に関係する見取り図をうまくイメージする事ができず、そこは苦労しました^^;
見取り図を別の用紙に印刷してすぐ見られるようにするのが自分にはベストかも。
過去の研究施設の様子が挟み込まれるので、現在の登場人物に紛れ込んでいる施設の「生き残り」の正体、及び巨人の正体を推理しましたが全く違ってました。そんなに簡単に分かるようにはなっていないな、と思ったけれど、後で登場人物紹介を読み返して、注意深い人ならここで気づく人もいるかもしれない、と。
名前には他にもひっかけの要素があり、このせいで誤導される人も多いのでは。
陽光の下に出られない巨人の弱点や、首を切って運ぶという習慣を最大限に利用したトリックや脱出方法には驚きの連続でした。
「生き残り」や巨人にまつわるストーリーは切なく悲しいものになっていて、その思いが事件そのものやトリックにまで関わってくるのは読み応えがありました。
比留子と葉村の関係にも胸打たれます。葉村の命を何よりも大切に思う比留子は自分の事を顧みず彼を助けようとするし、葉村も同様です。ワトソンとして本当に彼女の役に立っているのか苦悩する彼。でも、最後に比留子に告げた言葉が力強く、これからも頼りになるワトソンでいてくれるだろうと思いました。
ぜひこれからも読んでいきたいシリーズです。本作は映像化向きだと思うので、映画化希望です。
花咲舞が黙ってない 池井戸潤
ドラマでも人気になった花咲舞シリーズ、ついにドラマと同じタイトルになっちゃいました第一弾です。
今作にはいろいろ驚きの展開があって、それに触れずにはいられないので、ネタバレ注意です。
まず、ラスト2話、東京第一銀行では「エリア51」と呼ばれる秘密の融資にまつわる事件で、それを表沙汰にしようとした舞と相馬は、関係者に睨まれ、相馬は別の支店に飛ばされてしまいます。
ドラマではずっと一緒に臨店を続けていた二人なので、この展開はショックでした。ただ、舞が相馬の支店に臨店に行ったり、共に事件解決に動いたりなど、今までのように関わってはいるのですが…。
しかも、事件が解決しても相馬は戻って来ません。でもこれは続編への伏線なのではないか、と思っています。
次に、池井戸作品の有名人のあの人、半沢直樹が登場します。東京第一銀行と半沢の産業中央銀行の合併話が持ち上がり、その関係で何度か出てくるのですが、ラストには重要なシーンに登場し、その場の主導権をかっさらいます。
やはり半沢直樹だなと思わざるを得ません。私はドラマの半沢直樹の大仰さが今一つ好きになれないのですが、さすがに別シリーズではそこまでのシーンはないです。
第5話の「神保町奇譚」は、ドラマの相馬役を演じている上川隆也さんの朗読でオーディブルで聴けます。舞の台詞も当然上川さんなので、何だか不思議な感じです。
私は、ドラマのような各支店の臨店で発覚した事件を解決していく話がやはり好きなので、早く相馬に戻って来てほしいです。
二人で美味しいものを食べに行くシーンも、ドラマに合わせたのか本作にはあるので、それも見どころです。
続編も楽しみにしています。
息吹 テッド・チャン
寡作で知られるテッド・チャンの何と二冊目の著書。でも一作目の「あなたの人生の物語」は世界のSF賞を総なめに。
私が初めてチャンを読んだのは、本作に所収の「商人と錬金術師の門」。時間SFのアンソロジーで出会いました。アラビアンナイトの世界で展開する美しい物語に魅了され、その後「あなたの人生の物語」を読んで、映画化された「メッセージ」も観ました。寡作なのが幸い?して、チャンの作品群には触れてきています。
全9作のうち、特に印象に残った作品について紹介します。
「商人と錬金術師の門」
一方通行のタイムトラベルゲートを使って、亡くなった妻を助けようとする男の話。
ラストの美しさとしみじみとした感動は筆舌に尽くしがたいです。
「息吹」
呼吸を中心とした生命活動を全く新しい視点で描いた作品です。
正直よくこんな発想ができるなと思いました。
「ソフトウェアオブジェクトのライフサイクル」
ディジエントという、仮想空間で育てるデジタル生物の開発に携わる人々と、ディジエントとの関わりを描いた中編です。
何よりもディジエントを大切に思うアナと、そうではない人々との格差が印象的です。
「不安は自由のめまい」
プリズムという機械で、人生のあらゆる分岐の時間線を辿るシミュレートができるようになり、自分が実際の人生で選ばなかった分岐を辿るとどうなるかを知って、今後に生かすというのが一般的になっている世界。
発想は実に驚くべきものですが、いくつかのストーリーが並行しているのでついて行くのに混乱するかも。
正直、全体的には「あなたの人生の物語」の方が理解しやすかったと思います。
前作は活劇風の作品もあって緩急があったし。
本作は、抽象的な概念を扱った作品が多かったような気がします。ただ、上に上げたやや長めの作品は発想も見事だし読み応えもじゅうぶんでした。
「商人と錬金術師の門」が素晴らしすぎるので、この一作を読むだけでも価値があると思います。
新 謎解きはディナーのあとで 東川篤哉
よくぞ帰って来てくれました!と拍手で迎えたくなるこのシリーズ、影山も麗子も風祭警部も変わりなく…影山の毒舌ぶりも健在なら、風祭警部のナルシストぶりも健在。そうそう、風祭警部、国立署に戻って来たんですよ。本庁勤務はやはり無理だったようで。
でも、風祭警部はこのシリーズにはなくてはならないキャラクターなので大歓迎です。
頭の中では翔くんと北川景子ちゃんと椎名桔平さんが活躍しまくってますが、メインキャストにちょっぴりKYな可愛い新人、若宮刑事が仲間入り。風祭警部が鼻高々で披露しようとする推理を先に言おうとしたりして麗子をひやひやさせます。
ドラマでは現場に自ら出向くこともあった影山だけど、原作では完全な安楽椅子探偵で、麗子の話だけで推理を組み立てているのも変わらず。
麗子たちが気づかない点に目を向け、毒舌と共に披露するさすがの推理力だけど、風祭警部も本庁で鍛えられたのか分からないけど、以前よりはなかなかいい線の推理を披露してます。影山もその点は認めている様子。
ミステリー的には、「墜落死体はどこから」は少々突飛な気がしたけれど、他は納得の行く物でした。
「血文字は密室の中」はダイイングメッセージ自体に意味があるように見せて実は、という発想の転換が面白かったです。
またドラマ化されたら楽しめそうです。でもこの本だけじゃ話が足りないからすぐは無理かな…。
復讐の協奏曲 中山七里
11月に新作が出ていることに気づかず、慌てて読み始めたお気に入りの御子柴シリーズ、遅読の私が3日で読み終わりました。これほど夢中になって読めるシリーズもなかなかないなあと。電子書籍なので読んだパーセンテージが出るのですが、「え、もう80%?」と読み終わるのが残念でした。
冷徹で有能な御子柴弁護士は、中学生の時に犯した重大事件を背負って生きています。それが彼が弁護を請け負う事件にも関わって来ることも多いのですが、今回もそうです。
ブログを通じて扇動された者たちからの御子柴への大量の懲戒請求と、事務所のたった一人の事務員の洋子にかけられた殺人容疑、御子柴襲撃事件、と複数の事件が積み重なってきます。
今まで前に出ることがなかった日下部洋子がクローズアップされたのは意外でした。確かに、御子柴の犯罪歴を知っている洋子がそれでもなぜ御子柴の元にいるのかというのは不思議に思っていました。
でも実は洋子の正体はプロローグで分かってしまうのですが、それでも彼女の人生や思いが気になって読み進めてしまいます。
今回はクスッとさせられるシーンもいくつかありました。
老獪な元弁護士会会長の谷崎を「腹の黒いタヌキ爺」と心の中で思いながら年季の違いで敵わない様子、谷崎から洋子の代役として紹介された宝来弁護士とのやり取り、そして何と言っても御子柴のウィークポイントの倫子。
倫子ももう11才とは大きくなったものです。御子柴をやり込めるこまっしゃくれた物言いが微笑ましく、御子柴がペースを乱される様子が楽しいです。
シリーズが進むごとにだんだんと御子柴の人間らしい側面が見えて来るようになりましたが、倫子といる時にそれが最も表出するように思います。
洋子の事件の物証であるナイフの指紋トリック、なるほど、でした。注意深く読めば犯人を推理できそうですが、私は気づかなかったのが残念。
今までのような度肝を抜かれる展開はないものの、物証を用意しての鮮やかな弁舌には、洋子同様安定の信頼感が。
このシリーズに惹かれるのは、法廷物としての読み応え、そして何よりも御子柴という人間に魅力を否応なく感じさせられてしまうという事です。
それにしても最も御子柴と一緒にいる洋子、やはり御子柴の側面も目にしているのだなあと。それを面と向かって言われた御子柴、これからウィークポイントが2人に増えそうですね。
いや~本作も面白かった!早くも次作が待ち遠しいです。前のシリーズも久し振りに読み直したいです。
影裏 監督 大友啓史
印象的な映画を観たので、ひさびさに映画感想記事です。
タイトルは「影裏(えいり)」タイトルだけ見ても、不穏な雰囲気を感じるだけで内容は推察できません。
主演は綾野剛さんと松田龍平さんのW主演。
盛岡に転勤した今野(綾野さん)は、同い年の同僚日浅(松田さん)に出会います。
慣れない土地で親しく接してくれる日浅に、心を開いていく今野。
二人を親密にする物事として、日浅の趣味である釣りがあります。素人の今野に初歩から教える様子は微笑ましいです。
釣りのシーンは様々なシチュエーションで何度も出てきて、風景がとても美しく、ブラッド・ピットの映画リバーランズ・スルーイットを彷彿とさせます。
日浅はつかみどころのない人物で、突然いなくなったり現れたりして今野は振り回されます。そんな中でゲイの今野はだんだんと日浅に心惹かれ、部屋に来た日に迫ったりもするのですが、日浅にかわされます。でも日浅は帰らず他の部屋に泊まって行くので、今野を拒絶しているわけではないようです。
ここからネタバレです。
ある日釣りに出かけた2人は気まずくなりその後会わないまま東日本大震災がおきます。
被災地に出かけていた日浅は行方不明になります。
日浅を探す今野は父親と兄に会いますが、そこで日浅が経歴を詐称していたことを知り、家族も日浅のことをよく知らないことに気づきます。
2人とも捜索願を出すのは拒みますがなぜか日浅が生きていると思っていました。
喪失感に苛まれる今野は、ある日届いた日浅に頼まれた書類に彼の自筆があるのを見て涙します。
ラストシーンで新しい恋人と釣りをする今野。日浅に教えられた技術で他の人に教えられるまでになっています。
日浅の言葉「人を見る時はその裏側、影の一番濃いところを見んだよ」を体現するように、日浅の表面に見えているものでは彼を知ることはできず、彼について調べてもほの暗い秘密が何となく感じられるだけ、という不思議な映画でした。
日浅を綾野さんが演じてもハマったのではないかと感じました。
釣りのシーンの美しさが、不穏な雰囲気とバランスをとってくれていて良かったです。
中村倫也さんが今野の昔の恋人役で出演していて、性転換手術を受けた設定で女装しています。舞台で女性役で出演されていただけあって、堂に入っています。線が細い方なのでお似合いですね。