バーナム博物館  スティーヴン・ミルハウザー

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先日見た映画「幻影師アイゼンハイム」に魅了されて、その原作所収のこの本を手に取りました。失礼ながら、現役で活躍中の作家さんなのですね。やや時代がかった幻想的な作風から、もっと前の時代の方だと思っていました。
はじめは今までにないイメージの奔流で、とまどいを感じましたが、だんだんとミルハウザーの魔術的世界に引き込まれ、いつの間にか夢中で読んでいました。この作品世界を柴田元幸さんの訳で読むことができたのは幸せでした。

「シンバッド第八の航海」
千夜一夜物語」に出てくる有名な「シンドバッドの冒険」(「シンバッド」という呼び方もあるらしい)を下敷きにしています。実際にはない第八の冒険、冒険を引退して過去を夢想するシンバッド、そして、訳本による内容の違いを考察する学術的パートが交互に出てくるところが新しいです。

「ロバート・ヘレンディーンの発明」
大言壮語するだけで何でも中途半端に投げ出していたロバートは、ある時想像力だけで女性を作り上げてしまいます。しかし、2人の幸せな時間を邪魔する男性が現れ、ロバートの作り上げた世界は急速に崩壊していきます。周囲の何もかもがロバートの作った物だったのでしょうか…?

「アリスは、落ちながら」
もちろんこれは「不思議の国のアリス」の有名な一場面をとらえた物語。ウサギを追って飛び込んだ深い縦穴を、アリスは延々と落ちていきます。縦穴の壁の棚に置かれたさまざまなビンや食器、本などの側を、手に取れるほどゆっくりと落ちていくアリスの様子は、原作以上に印象的です。早く落下を終えたいけれど、現実には戻りたくないアリスの葛藤が描かれています。

「青いカーテンの向こうで」
映画の世界に憧れる少年の一晩の冒険を描いた作品です。映画館のカーテンに隠された扉を開けて奥に入った少年は、映画の登場人物達が動き回っている世界に入り込んでしまいます。少年のドキドキ感とラストの安心感ですっきりとまとまった作品です。

「探偵ゲーム」
実在の推理ボードゲーム「クルー」を下敷きにした中編です。この時初めて巻末に柴田さんの解説&訳注がついていることに気づきました。作品に出てくる事柄の背景や原本がよく分かるので、これを見ながら読んだ方がより楽しめます。
ゲームに興じる4人と、ゲーム上の登場人物の思惑や関係が交互に描かれています。

「セピア色の絵葉書」
立ち寄った稀書店の店内で目にしたセピア色の絵葉書を一枚だけ購入した男は、その中の男と女から目が離せなくなります。次第に絵葉書の中の2人は様子を変え…。
これも「青いカーテン~」のように、入り込んだ幻想世界と、そこから抜け出すまでという構成です。

「バーナム博物館」
実在のアメリカの興行師の名前を冠した不思議な博物館と、そこに魅了される人々を描いた作品です。バーナムという興行師は胡散臭いというイメージだったようですが、この作品の中の展示品は胡散臭さと幻想的な美との間をたゆたっているような感じがします。
ここのギフトショップで売られている「ぱらぱらめくると空飛ぶ絨毯が宙に浮かび上がる豆本」「動物の形が作れるシャボン玉溶液」「空中に絵が描ける水彩絵具」なんかほしいです~^^
この物語や「アリス~」「セピア色~」などでも感じましたが、ミルハウザーは物を描写するのがうまいですね。由緒ある骨董品店や雑貨店の中を巡って歩いているような気持ちにさせられます。

「クラシックス・コミックス#1」
タイトルの通り、漫画の一コマずつを文章化したものなのですが、ずいぶん散文的で意味が分からないなと思っていました。でも柴田さんの解説で、これがT・S・エリオットの詩を元にしたものだということが分かりました。解説にこの詩の全文が載っていますが、一部分を知っていることに気づきました。たぶん何かの小説で引用されていたのだと思います。

「雨」
雨の憂鬱なイメージをこれでもかと表現した作品です。今、こちら方面は大雨洪水警報が出てるのですが、あまりにもタイムリーですね^^;

「幻影師、アイゼンハイム」
家具職人から身を起こし、一世を風靡した謎の奇術師アイゼンハイムと、彼の見せる幻影に熱狂する人々を描いています。
映画が恋愛を中心に据えているのに対し、原作は彼の奇術の鮮やかさとその神秘性が中心です。どんなに不思議に見えても奇術にはトリックがあるのだと、映画でも原作でも語られていますが、原作ではトリックと魔術の境界がだんだんと曖昧になり、読者も観客と同様に幻惑されることになります。

う~ん、ミルハウザー、素晴らしいです^^彼自身が幻影師であり、この作品集は迷宮のように私達を迷い込ませるバーナム博物館のようです。
この本より前に買っていた「ナイフ投げ師」もできるだけ早く読もうと思っています。