吉祥寺の朝日奈くん  中田永一

イメージ 1

先日吉祥寺を訪れたせいか、この本を手に取りたくなりました。タイトルも表紙の絵もほのぼのしてます。井の頭公園には行かなかったのですが、この絵はそこなのでしょうか?

五編のストーリーは淡々としているのですが、心情を丁寧に追っているので、どれもしみじみと心に残ります。前にアンソロジーの一編「百瀬、こっちを向いて」を読んだのですが、とても印象に残って、この作品の感想だけを書いたことがあります。あとで○さんの変名らしいと知って驚きました。文章が瑞々しく詩情が感じられ、言葉が気持ちよく読む側に伝わって来ます。

「交換日記はじめました!」
恋人同士で始めた交換日記が、回り回ってさまざまな人の手を経ることに。
人の交換日記に書き込んでしまうというのもかなりあり得ない設定なのですが、前の記述に影響を受けたり、書きながら生き方を模索したりなど、日記を通じた関わりが面白いです。この物語には仕掛けがあり、こういうミステリ的な驚きを挟んでくれてるのも嬉しいですね^^
それにしても、読書をしない人にいきなり「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を薦めるのはいかがなものかと…^^;

ラクガキをめぐる冒険」
タイトルが村上さん風です。中田さんは村上さん好きなんですね。
いじめられていた少年の机に落書きがされた事件に憤った千春は、夜の学校に忍びこんで、仕返しをすることにします。
始めに出てきた「彼」って誰なのかなあと思っていましたが、こういう展開だったとは…。構成の妙も感じられる、爽やかな作品です。

「三角形はこわさないでおく」
みんなの憧れである白鳥ツトムと友人になった鷲津廉太郎は、ツトムが好きになった小山内さんに少しずつ惹かれていきます。白鳥に鷲、って分かりやすいですね^^;
昼食時の廊下で出会うだけのわずかな時間のやり取りや、彼女と会わないための時間差など、高校生活らしい場面がほのぼの&ちょっと切ないです。クラゲの本、ガンダムカラーのスニーカーなどのモチーフも印象的です。三角不等式を人間関係になぞらえた設定も良かったです。

「うるさいおなか」
お腹が鳴りやすい体質の主人公と、彼女に興味をもつ、聴覚が鋭い春日井君の物語。ここまでいろんな音はしないでしょうけど、お腹が鳴りやすい人は、やっぱり図書館とか映画館とか静かにしないといけない所では気を使うんでしょうね。漫画のように、表情や台詞や擬音(笑)が浮かんでしまう楽しい作品です^^ラストもクスリと笑わせてくれます。

「吉祥寺の朝日奈くん」
人妻である女性とつき合うことになった朝日奈くんの日々を描いています。吉祥寺という舞台がこの物語に合ってる気がします。淡々と恋愛模様を描く作品かと思っていたら、最後に驚く仕掛けが明らかになります。法律相談の内容のメモもそういう意味合いだったのかと思いました。ラストシーンも含め、最初の印象とは違ってなかなかドラマティックな作品でした。

どの作品にも自堕落だったり、人間関係がうまく築けなかったり、自分が出せなかったりなどのちょっと不器用な人々が描かれています。でも作者の、登場人物に注ぐまなざしがとても温かいんですよね。
読むと自分の青春時代にもふと思いを馳せてしまう、素敵な作品集でした^^