舟を編む  三浦しをん

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辞書編纂という事業の始まりから完成までを、それに携わる人々の思いとともに描いた物語です。
2012年の本屋大賞を取ったこの作品を、遅ればせながらようやく読みました。

馬締(まじめ)光也は言葉について鋭い感覚を持ち、他の部署からスカウトされて辞書編集部にやって来ます。
「大渡海」に力を注いでくれと言われて意味が分からず、クリスタルキングの「大都会」を熱唱してしまったまじめが、辞書の世界に拘泥して、一生を捧げていく様子に目を瞠らされます。

辞書を作ることがこんなにも大変なことだと初めて知りました。どんな物にもそれを作る人がいると分かっているけれど、辞書を作るということについて今まで考えてみたことがありませんでした。
1つ1つの言葉について、気の遠くなるほどの検討を重ねているんですね。二十三万語もの言葉を載せるとなると、どれだけ膨大な時間と労力が必要なことでしょう。何気なく使っている言葉も辞書に載せるとなると、意味や用例、派生語等、正確を期さないといけないわけですから、本当に大変だと思います。
日頃の生活でも、気になる言葉があればすぐにカードにメモするその姿勢。まじめだけでなく、編集部にいるメンバーがみんなそうなのがすごいです。

でも、言葉ってやっぱり面白いですね。1つの言葉が持つ様々な意味がいくつか語られていますが、それを読んだだけでも楽しくなってきます。
特に「西行」という言葉の持つ意味には驚きました。ちょうど「平清盛」で藤木直人さんが演じておられますが、こんなにいろんな意味が派生していたとは、きっと西行さん本人も聞けばびっくりでしょう。
しをんさんも言葉について関心があってこの物語を書かれたのでしょうね。

辞書の紙も、合った紙を開発しているのですね。確かに、ただでさえ分厚い辞書に普通の紙は使えません。薄くて裏移りしなくて、めくりやすい紙…なるほどです。

長い年月、たゆまぬ努力。実際に大渡海が出来上がったのは、編纂に取りかかって13年後でした。
辞書作りにかけるまじめ、荒木、松本先生、そして関わった人々の熱い思いが伝わってきて、辞書が出来上がった時には思わず涙してしまいました。

この本の装丁が、大渡海と同じように、濃紺、銀の箔押し風の字、クリーム色の見返しになっているのが洒落ています。

まじめのキャラクターが好きです。名前の通り真面目を絵に描いたような、風采の上がらない人物ですが、その一途さが愛おしくなります。
奥さんとなる香具矢との恋愛のエピソードも微笑ましいです。便箋15枚ものラブレター、全文を読んでみたいです。いつかこの2人だけの物語も読んでみたい気がします^^

編纂の途中で他の部署に異動になった西岡も、ちゃらちゃらしているようでいて、辞書とまじめについてすごく考えてくれていて…いいキャラだなと思いました。

何十年も言葉と辞書を愛し続けた松本先生も心に残ります。先生にまつわるエピソードは涙なしには読めません。

辞書編纂自体は大変な仕事ですが、それが重くなりすぎないのは登場人物をユーモアのある視点で描いているしをんさんの筆力によるものですね。

この本を読みながら思いだしたのは「本屋の森のあかり」という私の好きな漫画です。書店に勤めている人々の仕事と本への思い、恋愛模様が、実在する本の内容と絡めて描かれています。
あかりの上司である杜三が、まじめと通じるキャラなのです。そして、あかりを始めとする書店員達の仕事への真摯な姿勢も、「舟を編む」に通じます。

西岡も物語の中で言っていたように、「何かに夢中になる、のめりこむ」ことの素晴らしさをこの物語は教えてくれます。

辞書は言葉の海を渡る舟。だから「大渡海」そして「舟を編む
なんて素敵な題名なのでしょう。
そしてこの素敵な物語は私を夢中にさせてくれました。
仕事で辞書を使うこともある私ですが、これからはきっと、特別な思いとともに手に取ることでしょう。