百瀬、こっちを向いて  中田永一

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本の雑誌」のベスト10に入っていた本は読んでいないのですが、タイトル作だけ、恋愛アンソロジー「I LOVE YOU」に入っていたので読みました。アンソロジーは伊坂さんの「透明ポーラーベア」が目あてで、伊坂さんらしい作品で好きでしたが、この「百瀬、こっちを向いて」は「透明~」以上に心に残った作品でした。

相原ノボルは自分を「薄暗い電球のような覇気のない人間」と思い、クラスの底辺に位置する自分は邪魔にならない場所でひっそりと過ごさなければと感じていました。
しかし、幼なじみで高校のスターである宮崎先輩から、ある頼み事をされます。それは、神林と百瀬という2人の女性とつき合っていて、百瀬のことが神林にばれそうになったため、神林を安心させるために百瀬の彼のふりをしてくれないかというものでした。
そのために、ひっそりと過ごしていたノボルの日常は、急に騒がしくなります。

恋人らしく見せるために手をつなげば「早く手を洗いたい」と言われ、「学校の外で話しかけないで」「苦痛だ…」とさんざんな言われようですが、次第に、家に連れてきたり髪を切ってもらったりして演技の中にも心の通い合いが感じられるようになります。

なぜこんな頼み事を引き受けたのか、それは小さい頃の、ノボルと宮崎のある出来事に起因しています。この出来事と、宮崎の家業を守ろうとする思い、2人の女性とつき合うなんて許せないことではあるけれど、宮崎が本当に嫌な人間ではないのだと感じさせます。神林を選んだことも、お金のためだけでなく、愛情があったからだと信じたいです。

百瀬に次第に惹かれ、演技をすることがつらくなってきたノボルに、友達の田辺が言う言葉が飾りなく素直で胸を打ちます。
「知らなければ良かったなんて、言わないでよ。素敵なことなのに」
尊いことだよ。憧れているんだ」
百瀬を思う感情を「怪物」というノボルに、
「その怪物、僕の中に来てくれるなら来てほしいよ。きみはその怪物を殺さないで。それは大切にしなくちゃいけないものだよ。」
ノボルと同じく底辺の人間だと思っていた田辺のその言葉は、卑下していた自分を見直すきっかけになるのです。

ラストシーン、ノボルが百瀬に初めて思いを告げるところでは思わず涙してしまいました。

一人一人の感情の揺れが丁寧に描かれ、好感を持ちました。
また、映画「刑事ジョン・ブック/目撃者」や花言葉が効果的に使われていて印象に残りました。

この作品で初めて知った作家さんですが、他の作品も読んでみたくなりました。